医薬論文・報告書のIMRAD形式って何?

医薬分野のレポート(学術論文・治験報告書など)の形式として、基本の「き」である「IMRAD形式」をご存知ですか?製薬企業・CROで実施させて頂いている社内英文メディカルライティング研修で、この形式をご存知ない受講者の方が意外に多く、「他にも知らない方が結構いるかもしれない。知らないなんて勿体ない!」と思いましたので、本ブログでご紹介したいと思います。

【目次】
1. IMRAD形式とは?
2. 製薬文書のIMRAD形式
3. IMRAD形式を知る3つの利点
4. IMRAD形式の学習法
5. IMRAD形式で書く際のコツ
6. IMRAD式文書の英語文例集
7. まとめ

1. IMRAD形式とは?

まず、「IMRAD」は「イムラッド」と読みます。これは何かと言いますと、下記の5つの英単語の頭文字をつなげた略語です。

Introduction(緒言・序論)
Methods(方法)
Results(結果)
And
Discussion(考察)

もうお気付きだと思いますが、「IMRAD」は学術論文の代表的な構成を表しています。形式の名称はご存知なくても、「この論文構成は知っている」という方が多いのではないでしょうか。かく言う私も、論文の構成要素・順序は知っていても、大学病院退職後に医薬翻訳者を目指して英語論文の書き方の勉強を始めるまで、構成に名前が付いているとは知りませんでした。

IMRAD形式は論文本文だけでなく、抄録(abstract)にも採用されていることが多いですし、ポスター発表なども同じ構造・順序の場合が多いです。

 

2. 製薬文書のIMRAD形式

製薬分野の報告書も「IMRAD」形式と無縁ではありません。例えば治験総括報告書(CSR)の「概要」(synopsis)や本文の構成は概ね「IMRAD」形式になっています。

また、治験薬概要書(IB)に記載する非臨床試験や臨床試験の要約の構成も「IMRAD」形式に則っている場合が多いですし、要約の段落を分ける箇所は、「IMRAD」の区切りと一致している場合が多いです。

したがって、論文の執筆者・校閲者や翻訳者などだけでなく、製薬分野の文書作成・翻訳に携わる方々も「IMRAD」形式と各構成要素の役割などを理解し、この形式で書けるようになっておく必要があると思います。

ちなみに、私が米国シカゴ大学のメディカルライティング・プログラムでCSRの書き方に関する講座を受講した際、最初の演習は、ICH E3ガイドライン「治験総括報告書の構成と内容」の各項を「IMRAD」の各構成要素に分類することでした。「アメリカではこのような演習を通じて、メディカルライターたちにCSRの構成要素と記載順序を理解させるだけでなく、ICH E3ガイドラインの問題点まで気付かせているのか!」と感心しました。興味のある方はこの演習をご自身で実施なさってみて下さい。

 

3. IMRAD形式を知る3つの利点

(1)医薬分野の論文・報告書の基本的な枠組みを理解して慣れれば、これらの文書を組み立てやすく、書きやすく、訳しやすくなります。

(2)読者も、「IMRAD」形式で書かれていることを前提にしている場合が多いので、「IMRAD」形式で作成すれば、論文を読んでもらえる確率が上がったり、文書の内容を読者に伝えやすくなったりします。

(3)「IMRAD」形式の知識は、医薬分野の論文・報告書を読む際にも役立ちます。例えば、話の流れ・展開や論旨を理解しやすくなったり、欲しい情報を探しやすくなったりします。

 

4. IMRAD形式の学習法

「IMRAD」形式に関する情報は、論文の書き方に関する本やネット上に豊富に存在しますので、簡単に入手することが出来ます。お好みの媒体でいろいろご覧になってみて下さい。(例:IMRADのWikipedia:英語はこちら、日本語はこちら

 

5. IMRAD式文書を書くコツ

過去25年間に数え切れないほどの論文や製薬関連文書を、翻訳業務や英文ライティング教育現場などで見て来た中で、日本人によく見られる間違いや問題点に基づいて、また、米国メディカルライター協会(AMWA)のワークショップなどで学んだ論文や治験関連文書の書き方に基づいて、セクション別にポイントをお示しします。

(1)Introduction(緒言・序論)

  • 総論から各論に移る書き方が一般的
    いきなり自分の研究・治験について書き始めるのではなく、まず総論的な概説から始めて、徐々に対象を狭めていき、最後に自分の研究や治験などにについて書きましょう。

 

  • 研究・治験等の説明は概要のみで十分
    具体的な方法や結果は各々のセクションに記載するので、イントロに細かく書き過ぎないようにしましょう。

 

(2)Methods(方法)

  • 英語の場合、原則として方法・手順を命令形で書かない
    方法・手順を書く際も、他のセクションと同様に、主語のあるセンテンスを作りましょう。(例:「Measure blood drug concentrations every hour.」ではなく「Blood drug concentrations were measured every hour.」)

 

  • 使用した薬剤・実験器具等は「製品名」ではなく「一般名」で書く
    科学研究の報告では「再現性」が重要なので、誰でも同じ研究方法を再現できるように、「製品名」ではなく「一般名」で書くのが原則です。特に英語で書く際は、薬剤・実験器具などの中には日本のみで販売されている製品や、海外では名称が異なる製品などがあることを念頭に置きましょう。製品名を書く必要がある場合は、一般名の後に括弧で括って製品名や製造元などを書き添えます。括弧内に記載すべき項目や書き方は、論文の投稿規定や企業のスタイルガイドなどで確認して下さい。

 

  • 倫理面についても忘れずに記載する
    研究論文で記載漏れが多く見られますので、研究内容に応じて、「ヘルシンキ宣言」の遵守や倫理委員会による研究承諾、被験者の同意取得(インフォームド・コンセント)などの必要事項を漏れなく記載しましょう。

 

  • 「Results」に統計解析の結果を記載する場合は、必ず解析方法を「Methods」に記載する
    研究論文で記載漏れが時々見られます。具体的な解析方法や有意水準の設定などを「Methods」のセクションに書きましょう。

 

(3)Results(結果)

  • 論文は、Methodsと同じ小見出しを同じ順序で使って結果を書くとわかりやすい
    「Results」の章立てを踏まえて「Methods」を構成しておくと、査読者や読者にわかりやすい論文に仕上がります。

 

  • 事実を淡々と書き、原則として「意見」は書かない
    「意見・考察」は「Discussion」のセクションに書くので、「Results」のセクションでは、原則として「意見」を交えず客観的に「事実」のみを書きましょう。

 

  • 図表のタイトル・説明を本文中に書く必要なし
    日本語の論文や治験報告書などでは、「有害事象の発現状況を表1に示す」のように、図表の説明が本文中に書かれていることが多々あります。しかし、関連する結果に図表番号を補足的に示すのみで十分です(例:有害事象の発現率は12.3%であった(表1))。日本式の英語文書は外国人に違和感を与えるので注意しましょう。

 

(4)Discussion(考察)

  • 結果の要約だけではNG!
    「Discussion」の記載内容が結果の要約に過ぎないことが、依然として論文でも治験総括報告書などでも時々見られます。海外の投稿論文でも多いようで、米国メディカルライター協会(AMWA)の論文関連のワークショップでも、多くの講師が「結果のサマリーだけではダメ!」と言っています。「Discussion」の見出しどおり、結果を「考察」して、解釈や意義などを記載しましょう

 

  • 「Results」のセクションに記載していない結果を、「Discussion」のセクションで新たに提示しない
    「Discussion」で言及するデータは、すべて「Results」に記載しておくのが原則です。読者が戸惑わないよう、「Results」に伏線を張っておきましょう。

 

  • 「事実」と「意見」を明確に区別して書く
    記載内容が「事実」なのか「意見」なのか、よくわからない文章を時々見掛けます。日本語は主語を省略することが多いので、余計にわかりにくくなりがちです。英訳する際も、原文の意図が「事実」と「意見」のどちらなのかを正確に把握して、読者に区別が明確にわかるような英文を作りましょう。

 

  • 英語で意見を書く場合、誰の意見なのかを明示する
    日本語の考察では「~と思われる」「~と考えられる」という表現がよく使われるため、日本人の英文ライティングや和文英訳では「It is considered/ thought/ believed that …」構文が多用される傾向があります。しかし、この構文は誰が考えているのかを示していないため、「世間では~と考えられている」という意味であり、「著者は~と考える」という意味ではありません。つまり、「誤訳」です。著者の意見を述べたい場合は、「We consider that …」のように、誰が考えているのかを出来る限り明示しましょう

 

  • 他人の文献や英文等のパクリ厳禁!
    他人の文書の内容や表現を盗んで、出典を明示せずに使うことは「剽窃」(plagiarism)と呼ばれる不正行為です。投稿論文を剽窃ソフトですべてチェックする医学誌が増えていますが、製薬分野の文書も油断できません。欧米の規制当局に提出する英語の治験総括報告書(CSR)は、規制当局の報告書公開開始により、誰でも無料オンライン剽窃ソフトなどでチェック可能になったからです。英語文書を作成する際は「英借文」が剽窃にならないよう、細心の注意を払いましょう

 

  • 引用箇所は正しい方法で引用し、出典を必ず明示する
    他人の文書の内容や表現を引用する場合は、「剽窃」と疑われないように、日本語ではカギ括弧で、英語では引用符(quotation marks)で括り、著者の文章と明確に区別するとともに、出典を必ず明示しましょう。

 

  • ネガティブな面も考察して正直に書く
    誰でもネガティブな面にはあまり触れたくないものですが、良い結果や肯定的な考察だけ書いても、あるいは曖昧な記述でごまかそうとしても、論文の査読者や規制当局の審査官の目は節穴ではありません。問題点を鋭く指摘されたり、質問されたりして、対応が必要になることや、査読や審査が長引くことも珍しくないので、好ましくない結果や、研究・治験の限界・問題点などを先回りして書いておくほうが得策だと思います。

 

6. IMRAD式文書の英語文例集

メディカルライターや医薬翻訳者、論文執筆者などの方々から、「英語の論文や製薬関連の報告書などでよく使われる文章パターンや例文を教えてほしい」というご要望をよく頂きます。その際に私がいつもお薦めしているのは、「Academic Phrasebank」というサイトです。

これは、英語が母国語でない研究者が英語論文を書く際の参考になるように、英国のマンチェスター大学が作成した構文リストで、米国メディカルライター協会(AMWA)の会員専用メーリングリストで紹介されていました。

IMRAD形式のセクション別だけでなく、「比較」「例示」「分類」等のカテゴリー別でも、よく使われる構文が多数例示されていて大変便利です。例示されている構文の多くは製薬関連文書にも利用可能ですので、医薬分野で「良い英文パターン」が思い付かない場合や、論文調の英語文書にふさわしい構文や定型文を知りたい場合などに、ぜひご活用下さい!ご自身の記憶の中の限られた文章パターンで英文を作ろうとするより、「Academic Phrasebank」を見て、よく使われる構文を知るほうが、英文を適切に、しかも速く作れて効率的だと思います。

 

7. まとめ

  • IMRAD形式は学術論文の代表的な構成
  • IMRAD形式は製薬分野の報告書等にも採用されている
  • IMRAD形式の詳細やコツは、論文に関する参考書やサイト等で学べる
  • IMRAD形式の知識はライティング・翻訳だけでなくリーディングにも役立つ
  • IMRAD式文書の英語文例集は「Academic Phrasebank」がおススメ

 

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製薬企業のメディカル・アフェアーズ部門やメディカル・ライティング部門、アカデミアの医師・研究者、フリーランス医薬翻訳者などの方々から、「英語論文の書き方を知りたい」「論文英訳のコツを知りたい」という声を度々耳にします。しかし、レギュラトリー・ライティング(regulatory writing:医薬品の承認申請に関するライティング)と異なり、英語医学論文の書き方に関しては、医師・研究者向けに参考書が国内外で多数出版されていて、基本的な事柄はほとんど独学できます

そこで私が実際に使って非常に役に立った参考書の紹介も含めて、1人でも出来る効果的な学習法を4つご紹介します。

  1. 参考書の活用
  2. オンライン情報の活用
  3. セミナーの受講
  4. 質の高い英語医学論文の多読

 

1. 参考書の活用
(1)スタイルガイド(スタイルマニュアル)
医学論文の英文ライティング・英訳の基本として、世界に通じる医学英文の書き方のルールやスタイルを知る必要があります。その参考書として最もお薦めなのは『AMA Manual of Style』です。これは世界的に有名な英文医学雑誌『JAMA』の詳細な論文投稿規定で、医学英文のスタイルガイドとして、欧米の論文ライター・校閲者の「バイブル」となっています。論文に限らず医薬分野の文書を英語で書いたり、英訳したりする機会のある方は必携です!
『AMA Manual of Style: A Guide for Authors and Editors』
by American Medical Association

追記:『AMA Manual of Style』第11版が2020年2月に発刊されました。

「いきなり英語で読むのはハードルが高い」という方は、『AMA Manual of Style』の主なポイントを日本語で解説した拙著から読み始めると良いかもしれません。
『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』シリーズI改訂版
by 内山雪枝(発行:サイエンス&テクノロジー株式会社)
(追記:本書籍シリーズは2019年4月に全巻完売・絶版となりました)

『AMA Manual of Style』の利用法や効果的な学習法などについては、過去のブログ記事をご参照下さい。
『AMA Manual of Style』オンライン版の国内利用
『AMA Manual of Style』の勉強法
英文ライティング用語の日本語訳リスト

(2)国内の参考書
必ずお薦めしている書籍は以下の2冊です。

・『理科系の作文技術』by 木下是雄(発行:中公新書)
(日本語のscientific writing入門書のロングセラー。英文の書き方や日本語と英語の違いにも言及していて、英語論文作成にも非常に有用)

・『医学論文英訳のテクニック』by 横井川泰弘(発行:金芳堂)
(医学英語関連書籍を多数出版している横井川氏のロングセラー。実用的で例文が豊富)

他の英語医学論文関連の参考書は、オンライン書店で検索したり、大手書店の医学書売場でいろいろ手に取って見比べたりして、ご自分の英語レベルや学習目的などに合うものを選ぶと良いでしょう。

(3)海外の参考書
欧米のメディカルライターやネイティブの医薬翻訳者の間で定評のある代表的参考書を3冊紹介します。いずれも英語のregulatory writingの勉強にも役立ちます。

・『Essentials of Writing Biomedical Research Papers』 2nd Edition by Mimi Zeiger
(説明の英文がわかりやすい。悪文とその改善例や練習問題が豊富で勉強しやすい)

・『How to Write, Publish, & Present in the Health Sciences』by Thomas A. Lang
米国メディカルライター協会 [AMWA] の講師としても有名なLang氏の著書。抄録・論文だけでなく図表、ポスター、スライドなどの効果的な書き方も解説)

・『How to Write and Publish a Scientific Paper』 8th Edition
by Robert A. Day & Barbara Gastel
(Gastel氏もAMWAの有名講師で、発展途上国の研究者の論文発表を支援する活動も行っているため、英語が母国語でない論文執筆者向けの章あり)

(4)剽窃対策の参考書
昨今は文章や表現の盗用、つまり「剽窃」(plagiarism)のチェックが厳しくなっているので、海外の文献やネット上の英文などから「英借文」をする際は細心の注意を払う必要があります。剽窃の定義・種類から英文ライティング時の注意点や正しい英文引用方法まで1冊で学ぶには、以下の本がお薦めです。

・『英文ライティングと引用の作法:盗用と言われないための英文指導
by 吉村富美子(発行:研究社)

過去のブログ記事も併せてご覧下さい。
英借文では英語表現の盗用に要注意!

2. オンライン情報の活用
ネット上にも英語論文の書き方に関する情報が多数存在するので、信頼性の高いサイトを選んで参照すると良いでしょう。例えば「医学論文を書くための究極サイト」などです。

英語の科学論文でよく使われる構文や文例を知りたい場合は、拙著『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』シリーズIVでも紹介している、英国マンチェスター大学運営のサイト「Academic Phrasebank」がお薦めです。

論文関連の国際的ガイドラインについて知りたい場合は、研究デザイン別にガイドラインを調べられるサイト「EQUATOR Network」が便利です。

3. セミナーの受講
セミナーを受講したいという方は、日本メディカルライター協会(JMCA)や日本医学英語教育学会(JASMEE)のホームページを時々チェックしてみて下さい。これらの団体は英語医学論文の書き方に関する単発セミナーを随時開催していて、ネイティブ講師から講義を受けられることもあります。

 

4. 質の高い英語医学論文の多読

前述の参考書や構文サイト「Academic Phrasebank」はいずれも非常に有用ですが、これらを参照するだけでは、投稿先に受理されるような正確かつ適切な英文ライティング・英訳は難しいですし、その都度参照していると執筆・英訳作業に時間が掛かってしまいます。

そこで、日頃から多くの英語医学論文を読み、よく使われる専門表現や構文などのパターンを見抜き、様々なパターンを頭の中に蓄えておきましょう。そうすれば、適切な英語表現や構文を素早く思い付くことができます。上記の3つの学習法と並行して、ぜひ英語論文の多読も実行してみて下さい。ネイティブのメディカルライターもこの方法で医学英語や論文の書き方を学んでいますし、そもそも医学英文をスラスラ読めなければスラスラ書けませんから、英語論文の多読は英語論文の書き方の学習に欠かせません

多読用の英語論文の選び方や効果的な多読方法など詳しいことは、拙著『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』シリーズI改訂版で説明していますので、お手すきの折にでもご一読下さい。

【まとめ】
英語論文の書き方や日本語論文の英訳をマスターするのは、独学でも上記のわずか4つの方法で可能です。しかし、一朝一夕でマスターはできませんので、「インプット」(学習)と「アウトプット」(実践)をバランス良く増やして、地道にコツコツ努力を重ねましょう。

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英語論文では翻訳者らへの謝辞が必要

今回も、今年4月25日に日本メディカルライター協会(JMCA)主催のセミナー「国際的な医学雑誌への論文アクセプトのための戦略」に参加した話の続きで、英文MWや論文執筆・英訳に携わる方々にぜひお伝えしたい内容2つのうち2番目をご報告します。

【貢献者への謝辞を忘れずに!】

ご存知のとおり、医学論文に関する国際的ガイドラインには様々なものが存在します。代表的なものとして、ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)の統一投稿規定「Uniform Requirements for Manuscripts」が挙げられますが、名称が「Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals」に変更され、今年8月に更新されました(http://www.icmje.org/)。

他には、製薬企業等から資金提供を受けた医学研究の論文発表に関するガイドライン「Good Publication Practice for Communicating Company-Sponsored Medical Research」の第2版(GPP2ガイドライン)が2009年にBMJオンライン版で発表されています(http://www.bmj.com/content/339/bmj.b4330.long)。

英語論文の作成に携わるメディカルライターや翻訳者・校閲者は、これらのガイドラインに精通している必要があります。論文関連ガイドラインをまとめてお知りになりたい方には、EQUATOR Networkのサイトが便利です(http://www.equator-network.org/)。これらのガイドラインやサイトは、4月のJMCAサロンでも紹介されていました。

上記のガイドラインなどでは、論文著者の資格・条件(authorship)が明確に規定されており、その条件に満たない貢献者は「謝辞」(Acknowledgements)のセクションに記載すること(contributorship statement)が求められています。貢献者にはメディカルライターや翻訳者、英文校閲者などが含まれます。

私は知り合いの医師らから論文の和文英訳や英文校閲を依頼されると、「謝辞」に翻訳者などの名前を記載するよう、十年以上前から助言しています。なぜなら、多くの日本人医師・研究者は論文関連の国際的なガイドラインを知らず、論文作成の貢献者を「謝辞」に書くという国際的なルールを知らないからです。

記載の理由を説明すると、筆頭著者の若い医師らは快諾してくれることが多いですが、大抵その後、指導医や教授などによるチェックの際に「謝辞」から削除されてしまいます。教授と言えども、論文の国際的なガイドラインやルールは知らない場合が多いからだと思います。

日本人著者が貢献者を「謝辞」に書かない理由はこれだけではありません。日本人医師・研究者の多くは、翻訳者やネイティブチェッカーの力を借りたことを「謝辞」に書くと、「自分の英語力が低いことが露呈してしまうのではないか」と恐れているからです。

また、欧米では英語ネイティブの医師・研究者でさえ、メディカルライターらの協力を得て論文を作成・投稿していることは、日本では依然としてあまり知られていないため、自分で論文を書かないことは「恥ずかしい」という考え方が根強いからです。実際、「英語の論文くらい自分で書けなくてどうする!俺が若い頃は・・・」などと中高年医師に叱られ、クリノスに助けを求めて来られる若手医師が後を絶ちません。

ところが、多くの日本人医師・研究者が持つ古い考えとは逆に、貢献者を「謝辞」に書くことには複数のメリットがあります。例えばプロのメディカルライターやパブマネに手伝ってもらったことを書けば、関連ガイドラインに従って国際的に通用する論文を作成したことを査読者や投稿先の編集者らに印象付けることができます。

また、プロの医薬翻訳者に英訳を頼んだことや、ネイティブチェッカーに英文を校閲してもらったことを書けば、論文の英語の質が悪くないことを査読者や編集者らにそれとなく伝えることができ、「ネイティブに英語をチェックしてもらうように」と門前払いされるリスクが減ります。したがって、「謝辞」に論文作成の貢献者を書かないのは、むしろ勿体ないことなのです。このような点からも、貢献者の記載を著者に勧めています。

JMCAサロンのQ&Aセッションでは、Woolley教授に、このような日本独特の問題が存在することを説明し、意見を伺ったところ、やはりメディカルライターや翻訳者、英文校閲者などの貢献者は「謝辞」に書くべきであり、そのためには医師や研究者に対する英語論文作成の「教育」が重要だとおっしゃっていました。

医師・研究者が翻訳会社などに論文の和文英訳や英文校閲を外注した場合は、誰が翻訳・校閲したのかわからないことが多いですが、外注先の社名を「謝辞」に書くようにしましょう。翻訳者や校閲者がわかる場合は、貢献者の氏名(+所属先)を書きましょう。

一方、英語論文の作成に携わる翻訳者・校閲者は、「謝辞」に名前が載るほど責任ある仕事を任されていることを自覚し、それに値する実力のない翻訳者・校閲者は論文英訳・校閲の受注を慎むべきだと思います。英語論文の書き方を知らないどころか、日本語の医学論文さえ読んだことのない駆け出しの翻訳者が、論文の和文英訳を引き受けるなど言語道断です。そのような翻訳者に論文の英訳を発注する翻訳会社やCROなども再考が必要だと思います。

前回のブログでご紹介した「剽窃」の問題などもあり、単に日本語を英語に置き換えただけでは、海外の医学雑誌に論文を投稿しても受理されにくい時代になっていますので、英語論文の作成を依頼する側も引き受ける側も、意識改革と日々の学習が必要と言えるでしょう。

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少し前の話になりますが、今年4月25日に日本メディカルライター協会(JMCA)主催のセミナー「国際的な医学雑誌への論文アクセプトのための戦略」に参加しました。その理由は、医学論文の英訳を長年手掛けているということもありますが、講師の1人がオーストラリアの有名メディカルライターKaren Woolley教授(クイーンズランド大学)だったからです。

Woolley教授は、2009年10月に開催された米国メディカルライター協会(AMWA)の年次総会で、北米人以外では初めて基調講演の演者に抜擢され、グローバルな視点から今後のメディカルライティングについてお話しをされました。ほぼ毎年日本からはるばる参加して苦労している私にとっては、まさに代弁して下さっているような提案もあり感動したので、講演後に声を掛け、少しお話しさせて頂きました。(私が書いた2009年AMWA年次総会レポートはこちら⇒http://www.jmca-npo.org/link/201001.html

そのWoolley教授に日本で再会でき、講義も聞けるとあっては、セミナーに参加しない手はありません。JMCAからセミナーの案内を受け取るとすぐに申し込みました。

セミナーでは、まずスタットコム株式会社メディカルコミュニケーション部長の戸梶亜弥氏が)「パブリケーション・マネジメント」(publication management)ついて概要を説明して下さいました。

「パブリケーション・マネジメント」という言葉を聞いたことがない方が多いかもしれませんが、これは論文投稿を計画的に行うことであり、欧米ではパブリケーション・マネジメントを専門に手掛け、論文の著者を手助けする「パブリケーション・マネジャー」(略称:パブマネ)も存在します。日本ではまだ馴染みの薄い概念と職業ですが、論文の作成・翻訳に携わる方は覚えておくと良いでしょう。

欧米では「パブリケーション・マネジメント」が普及してきていますから、日本人が英語で論文を書いたり、日本語の論文を英訳したりしただけでは、海外の医学雑誌にアクセプトされるのが難しくなってきています。今後は研究や臨床試験の計画時からパブマネと協力して計画的・戦略的に投稿の準備を進めていかなければ、欧米の論文と同じ土俵で戦えないかもしれません。

そのような状況下、戸梶氏はInternational Society for Medical Publication Professionals (ISMPP)のcertified medical publication professionalであり、すでにパブマネの国際的な資格を取得している日本人が存在するというのは大変心強いです。(次回に続く)

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