医薬論文・報告書のIMRAD形式って何?

医薬分野のレポート(学術論文・治験報告書など)の形式として、基本の「き」である「IMRAD形式」をご存知ですか?製薬企業・CROで実施させて頂いている社内英文メディカルライティング研修で、この形式をご存知ない受講者の方が意外に多く、「他にも知らない方が結構いるかもしれない。知らないなんて勿体ない!」と思いましたので、本ブログでご紹介したいと思います。

【目次】
1. IMRAD形式とは?
2. 製薬文書のIMRAD形式
3. IMRAD形式を知る3つの利点
4. IMRAD形式の学習法
5. IMRAD形式で書く際のコツ
6. IMRAD式文書の英語文例集
7. まとめ

1. IMRAD形式とは?

まず、「IMRAD」は「イムラッド」と読みます。これは何かと言いますと、下記の5つの英単語の頭文字をつなげた略語です。

Introduction(緒言・序論)
Methods(方法)
Results(結果)
And
Discussion(考察)

もうお気付きだと思いますが、「IMRAD」は学術論文の代表的な構成を表しています。形式の名称はご存知なくても、「この論文構成は知っている」という方が多いのではないでしょうか。かく言う私も、論文の構成要素・順序は知っていても、大学病院退職後に医薬翻訳者を目指して英語論文の書き方の勉強を始めるまで、構成に名前が付いているとは知りませんでした。

IMRAD形式は論文本文だけでなく、抄録(abstract)にも採用されていることが多いですし、ポスター発表なども同じ構造・順序の場合が多いです。

 

2. 製薬文書のIMRAD形式

製薬分野の報告書も「IMRAD」形式と無縁ではありません。例えば治験総括報告書(CSR)の「概要」(synopsis)や本文の構成は概ね「IMRAD」形式になっています。

また、治験薬概要書(IB)に記載する非臨床試験や臨床試験の要約の構成も「IMRAD」形式に則っている場合が多いですし、要約の段落を分ける箇所は、「IMRAD」の区切りと一致している場合が多いです。

したがって、論文の執筆者・校閲者や翻訳者などだけでなく、製薬分野の文書作成・翻訳に携わる方々も「IMRAD」形式と各構成要素の役割などを理解し、この形式で書けるようになっておく必要があると思います。

ちなみに、私が米国シカゴ大学のメディカルライティング・プログラムでCSRの書き方に関する講座を受講した際、最初の演習は、ICH E3ガイドライン「治験総括報告書の構成と内容」の各項を「IMRAD」の各構成要素に分類することでした。「アメリカではこのような演習を通じて、メディカルライターたちにCSRの構成要素と記載順序を理解させるだけでなく、ICH E3ガイドラインの問題点まで気付かせているのか!」と感心しました。興味のある方はこの演習をご自身で実施なさってみて下さい。

 

3. IMRAD形式を知る3つの利点

(1)医薬分野の論文・報告書の基本的な枠組みを理解して慣れれば、これらの文書を組み立てやすく、書きやすく、訳しやすくなります。

(2)読者も、「IMRAD」形式で書かれていることを前提にしている場合が多いので、「IMRAD」形式で作成すれば、論文を読んでもらえる確率が上がったり、文書の内容を読者に伝えやすくなったりします。

(3)「IMRAD」形式の知識は、医薬分野の論文・報告書を読む際にも役立ちます。例えば、話の流れ・展開や論旨を理解しやすくなったり、欲しい情報を探しやすくなったりします。

 

4. IMRAD形式の学習法

「IMRAD」形式に関する情報は、論文の書き方に関する本やネット上に豊富に存在しますので、簡単に入手することが出来ます。お好みの媒体でいろいろご覧になってみて下さい。(例:IMRADのWikipedia:英語はこちら、日本語はこちら

 

5. IMRAD式文書を書くコツ

過去25年間に数え切れないほどの論文や製薬関連文書を、翻訳業務や英文ライティング教育現場などで見て来た中で、日本人によく見られる間違いや問題点に基づいて、また、米国メディカルライター協会(AMWA)のワークショップなどで学んだ論文や治験関連文書の書き方に基づいて、セクション別にポイントをお示しします。

(1)Introduction(緒言・序論)

  • 総論から各論に移る書き方が一般的
    いきなり自分の研究・治験について書き始めるのではなく、まず総論的な概説から始めて、徐々に対象を狭めていき、最後に自分の研究や治験などにについて書きましょう。

 

  • 研究・治験等の説明は概要のみで十分
    具体的な方法や結果は各々のセクションに記載するので、イントロに細かく書き過ぎないようにしましょう。

 

(2)Methods(方法)

  • 英語の場合、原則として方法・手順を命令形で書かない
    方法・手順を書く際も、他のセクションと同様に、主語のあるセンテンスを作りましょう。(例:「Measure blood drug concentrations every hour.」ではなく「Blood drug concentrations were measured every hour.」)

 

  • 使用した薬剤・実験器具等は「製品名」ではなく「一般名」で書く
    科学研究の報告では「再現性」が重要なので、誰でも同じ研究方法を再現できるように、「製品名」ではなく「一般名」で書くのが原則です。特に英語で書く際は、薬剤・実験器具などの中には日本のみで販売されている製品や、海外では名称が異なる製品などがあることを念頭に置きましょう。製品名を書く必要がある場合は、一般名の後に括弧で括って製品名や製造元などを書き添えます。括弧内に記載すべき項目や書き方は、論文の投稿規定や企業のスタイルガイドなどで確認して下さい。

 

  • 倫理面についても忘れずに記載する
    研究論文で記載漏れが多く見られますので、研究内容に応じて、「ヘルシンキ宣言」の遵守や倫理委員会による研究承諾、被験者の同意取得(インフォームド・コンセント)などの必要事項を漏れなく記載しましょう。

 

  • 「Results」に統計解析の結果を記載する場合は、必ず解析方法を「Methods」に記載する
    研究論文で記載漏れが時々見られます。具体的な解析方法や有意水準の設定などを「Methods」のセクションに書きましょう。

 

(3)Results(結果)

  • 論文は、Methodsと同じ小見出しを同じ順序で使って結果を書くとわかりやすい
    「Results」の章立てを踏まえて「Methods」を構成しておくと、査読者や読者にわかりやすい論文に仕上がります。

 

  • 事実を淡々と書き、原則として「意見」は書かない
    「意見・考察」は「Discussion」のセクションに書くので、「Results」のセクションでは、原則として「意見」を交えず客観的に「事実」のみを書きましょう。

 

  • 図表のタイトル・説明を本文中に書く必要なし
    日本語の論文や治験報告書などでは、「有害事象の発現状況を表1に示す」のように、図表の説明が本文中に書かれていることが多々あります。しかし、関連する結果に図表番号を補足的に示すのみで十分です(例:有害事象の発現率は12.3%であった(表1))。日本式の英語文書は外国人に違和感を与えるので注意しましょう。

 

(4)Discussion(考察)

  • 結果の要約だけではNG!
    「Discussion」の記載内容が結果の要約に過ぎないことが、依然として論文でも治験総括報告書などでも時々見られます。海外の投稿論文でも多いようで、米国メディカルライター協会(AMWA)の論文関連のワークショップでも、多くの講師が「結果のサマリーだけではダメ!」と言っています。「Discussion」の見出しどおり、結果を「考察」して、解釈や意義などを記載しましょう

 

  • 「Results」のセクションに記載していない結果を、「Discussion」のセクションで新たに提示しない
    「Discussion」で言及するデータは、すべて「Results」に記載しておくのが原則です。読者が戸惑わないよう、「Results」に伏線を張っておきましょう。

 

  • 「事実」と「意見」を明確に区別して書く
    記載内容が「事実」なのか「意見」なのか、よくわからない文章を時々見掛けます。日本語は主語を省略することが多いので、余計にわかりにくくなりがちです。英訳する際も、原文の意図が「事実」と「意見」のどちらなのかを正確に把握して、読者に区別が明確にわかるような英文を作りましょう。

 

  • 英語で意見を書く場合、誰の意見なのかを明示する
    日本語の考察では「~と思われる」「~と考えられる」という表現がよく使われるため、日本人の英文ライティングや和文英訳では「It is considered/ thought/ believed that …」構文が多用される傾向があります。しかし、この構文は誰が考えているのかを示していないため、「世間では~と考えられている」という意味であり、「著者は~と考える」という意味ではありません。つまり、「誤訳」です。著者の意見を述べたい場合は、「We consider that …」のように、誰が考えているのかを出来る限り明示しましょう

 

  • 他人の文献や英文等のパクリ厳禁!
    他人の文書の内容や表現を盗んで、出典を明示せずに使うことは「剽窃」(plagiarism)と呼ばれる不正行為です。投稿論文を剽窃ソフトですべてチェックする医学誌が増えていますが、製薬分野の文書も油断できません。欧米の規制当局に提出する英語の治験総括報告書(CSR)は、規制当局の報告書公開開始により、誰でも無料オンライン剽窃ソフトなどでチェック可能になったからです。英語文書を作成する際は「英借文」が剽窃にならないよう、細心の注意を払いましょう

 

  • 引用箇所は正しい方法で引用し、出典を必ず明示する
    他人の文書の内容や表現を引用する場合は、「剽窃」と疑われないように、日本語ではカギ括弧で、英語では引用符(quotation marks)で括り、著者の文章と明確に区別するとともに、出典を必ず明示しましょう。

 

  • ネガティブな面も考察して正直に書く
    誰でもネガティブな面にはあまり触れたくないものですが、良い結果や肯定的な考察だけ書いても、あるいは曖昧な記述でごまかそうとしても、論文の査読者や規制当局の審査官の目は節穴ではありません。問題点を鋭く指摘されたり、質問されたりして、対応が必要になることや、査読や審査が長引くことも珍しくないので、好ましくない結果や、研究・治験の限界・問題点などを先回りして書いておくほうが得策だと思います。

 

6. IMRAD式文書の英語文例集

メディカルライターや医薬翻訳者、論文執筆者などの方々から、「英語の論文や製薬関連の報告書などでよく使われる文章パターンや例文を教えてほしい」というご要望をよく頂きます。その際に私がいつもお薦めしているのは、「Academic Phrasebank」というサイトです。

これは、英語が母国語でない研究者が英語論文を書く際の参考になるように、英国のマンチェスター大学が作成した構文リストで、米国メディカルライター協会(AMWA)の会員専用メーリングリストで紹介されていました。

IMRAD形式のセクション別だけでなく、「比較」「例示」「分類」等のカテゴリー別でも、よく使われる構文が多数例示されていて大変便利です。例示されている構文の多くは製薬関連文書にも利用可能ですので、医薬分野で「良い英文パターン」が思い付かない場合や、論文調の英語文書にふさわしい構文や定型文を知りたい場合などに、ぜひご活用下さい!ご自身の記憶の中の限られた文章パターンで英文を作ろうとするより、「Academic Phrasebank」を見て、よく使われる構文を知るほうが、英文を適切に、しかも速く作れて効率的だと思います。

 

7. まとめ

  • IMRAD形式は学術論文の代表的な構成
  • IMRAD形式は製薬分野の報告書等にも採用されている
  • IMRAD形式の詳細やコツは、論文に関する参考書やサイト等で学べる
  • IMRAD形式の知識はライティング・翻訳だけでなくリーディングにも役立つ
  • IMRAD式文書の英語文例集は「Academic Phrasebank」がおススメ

 

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CSRマニュアル「CORE Reference」を読む3つのメリット(2016年AMWA年次総会の参加報告)

昨年(2016年)も米国メディカルライター協会(AMWA)年次総会に参加して来ましたので、遅ればせながら報告いたします。2016年の総会は10月5~8日にコロラド州デンバーで開催され、名称が「annual conference」から「Medical Writing & Communication Conference」に変わりました。

日本からの参加者は今年も約15名で、大部分は国内製薬企業のメディカルライターの方でしたが、フリーランスのライターや医薬翻訳者の方も数名いらっしゃいました。参加者名簿を見る限り、国内のアカデミアやCRO、翻訳会社からの参加はなかったようです。

会期中には、毎年恒例の日本人参加者の夕食会を開催しました。医薬分野の英訳を手掛けるネイティブ翻訳者の方も数名参加して下さり、医学英語の勉強法からアメリカ大統領選まで幅広い話題で盛り上がり、今回も楽しく有意義な時間を過ごすことができました。

AMWAオープン・セッションで個人的に最も期待していたのは、2015年同様、治験総括報告書(CSR)の作成マニュアル「CORE Reference」の説明会で、今回も多くの参加者が集まり盛況でした。欧州メディカルライター協会(EMWA)とAMWAが共同で「CORE Reference」を作成した経緯などは、本ブログの第15回「製薬業界のメディカルライター必見!EMWAとAMWAがCSRマニュアル『CORE Reference』を共同作成中」にまとめてありますので、背景を知りたい方はそちらをご覧頂きたいと思いますが、ついに2016年5月に「CORE Reference」がネット上で公開され、利用が始まりました「CORE Reference」公式サイト

CSRの作成に関しては、ご存知のとおり「ICH E3ガイドライン」という国際的な指針があり、製薬企業はこのガイドラインに基づきながら、各々工夫を凝らしてCSRを長年作成しているので、すでに作成方針やテンプレートなどが確立されている企業が多いと思います。そのため、「CORE Reference」公開前から「何を今さら・・・」という疑問の声も聞かれます。

「CSRのマニュアルなど新たに必要ない」と考える製薬企業が多いかもしれませんが、AMWAのオープン・セッションでの説明を聞き、「CORE Reference」を読む限り、CORE Reference」はICH E3ガイドラインに基づいているだけでなく、欧米の規制当局の最近のガイダンスも考慮して作成されているので、CORE Reference」を利用すると海外の規制を遵守しやすくなると思います。また、「CORE Reference」は申請のためだけではなく、臨床試験データの公開も視野に入れて作成されているようです。

ご存知のとおりヨーロッパの規制当局(EMA)が新薬の臨床試験データの公開を義務付けたことから、薬剤の開発国・地域に関わらず、ヨーロッパで申請するすべての医薬品の臨床試験データを誰でも見られるようになりました。つまり、アメリカやアジアなどで書かれた臨床試験データもEMAを通じて公開されるということです。このような状況を踏まえ、いかにCSRに手を加えずにそのまま公開できるかということにも、「CORE Reference」は配慮して作られている印象を受けます。

そのため、「CORE Reference」のオープン・セッションでは、臨床試験データの公開時に規制当局が求める「透明性」(transparency)や「データの利用しやすさ」(data utility)と、被験者・開発側の個人情報(protected personal data [PPD])や医薬品の機密情報(commercially confident information [CCI])の保護とを、どのように両立させるかという説明に多くの時間が割かれていました。

別のオープン・セッション「Public Access to Clinical Documents — The New Transparency Policies in Europe」でも、「PPD」と「CCI」という略語が頻繁に使われ、これらの詳しい内容や保護方法に関する説明がありました。臨床試験データの公開におけるキーワードとして、この2つの用語は覚えておいたほうが良さそうです。

なお、「CORE Reference」は規制やガイドラインではないので、強制力はありません。また、CSRのテンプレートでもありません。欧米の各メディカルライター協会の会員で医薬品の申請資料作成に携わるメディカルライター(regulatory writer)らが意見をまとめた提案に過ぎません。作成に際しては日米欧3極とカナダの規制当局に相談したそうですが、関与を公式に表明しているのはカナダ当局のみです。また、欧米での利用度や普及範囲は、しばらく様子を見ないとわからないのが現状です。

しかし、「CORE Reference」は一読の価値があると思います。その理由は主に3つあります。

  1. 欧米のベテランの製薬専門ライターらの知識や経験などが色濃く反映されているので、欧米のCSR作成の考え方などを窺い知ることができる上に、ICH E3ガイドラインの欠点を補う形で作られているので、CSR改善のヒントが得られます。
  2. 臨床試験データの公開にCSRを利用する際に注意すべき点や、公開を前提に効率よくCSRを作成するコツなどがわかります。
  3. 欧米のベテランの製薬専門ライターらが質の高い英語で書いているので、正確かつ適切な英語表現を知ることができ、CSRの英文ライティングや和文英訳の参考になります。

このような利点がありますので、CSRの作成・翻訳に携わる方は、「CORE Reference」の利用の有無に関わらず、お手すきの折にでも一度ご覧になってみて下さい。公式サイトからどなたでも無料でダウンロードできます。また、メーリングリストに申し込むと、関連する最新情報が「CORE Rerference email」として随時無料で届くので、公式サイトから申し込んでおくと便利だと思います(申込ページはこちら)。

臨床試験データ公開のキーワード
・protected personal data (PPD)
・commercially confident information (CCI)

追記1:クリノス代表・内山雪枝が「CORE Reference」に送ったメールの一部が、「CORE Reference」公式サイトの「Adoption and Use」(利用者の声)に掲載されました。興味のある方はこちらをご覧下さい。

追記2:2018年7月にクリノスは、「CORE Reference email」の和訳とその配信に関する許諾を「CORE Reference」より取得しました。詳しいことはこちらをご覧下さい。

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英文ピリオド後のスペースは何個にすべき?

英語の文章を書く際、各文章の最後にピリオドを打ちますが、その後のスペース(sentence spacing)は何個入れていますか?1個ですか?それとも2個ですか?文書内でスペースの数を統一する必要があるので、長い文書を複数の人で分担してライティング・英訳や校閲などを行う際は、文末ピリオド後のスペースの数を予め決めておかなければなりません。さあ、何個にしましょう?

 

論文ではスペース1個

論文では、誌面の広さや印刷費用などの都合上、掲載の分量が限られているので、文末ピリオド後のスペースは1個のみの場合が多いですが、必ず投稿規定で確認しましょう。

ちなみに、世界的医学誌『JAMA』の論文投稿規定である『AMA Manual of Style』に、文末ピリオド後のスペースの数に関する規定はありません。このように投稿規定に記載されていない場合は、投稿先の学術誌に実際に掲載されている論文を見て確認します。投稿先が未定または不明の論文では、とりあえずスペース1個にしておくのが無難でしょう。

その他の英語文書では、指定のスタイルガイド(例:社内スタイルガイド)に従います。スタイルガイドに規定がない場合は、担当者などに確認しましょう。

これから決めるなら2個がおススメ!

これからスタイルガイドなどで決めるという場合、筆者はスペースを2個入れることをお薦めします。なぜなら、1個より2個のほうが「文章の区切り」がわかりやすいからです。特に、何か特定の情報を探したい場合や速読する場合に、スペースが2個入っていると「文章の区切り」が一目でわかり、情報を探しやすくなったり、速く読みやすくなったりします。このようなお薦めは拙著『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』I巻改訂版にも書いています。

スペース2個に対する反対意見

「英語のネイティブスピーカーから『文末ピリオドの後にスペースを2個入れるのは、タイプライターで英文を書いていた時代の習慣。単語と単語の間隔を自動的に調整してくれるコンピュータで英文を書く現代は、スペース1個でよい』と言われた。2個入れるスタイルは古いのではないか」、「一般英語のスタイルガイド『Chicago Manual of Style』ではスペース1個に規定されている」などのご指摘を時々頂きます。

おっしゃるとおり、「スペースは1個」と規定している英文スタイルガイドも数多く存在しますし、英語ネイティブのメディカルライターや医薬翻訳者に尋ねると、大抵「スペースは1個で十分」と言われます。数年前に米国メディカルライター協会(AMWA)の会員専用メーリングリストでも、スペースの数が話題に上ったことがあり、英語ネイティブの会員からは「スペース2個は時代遅れ」や「2個入れるべき理由はない」など、スペース2個に対する反対意見が続出しました。

しかし、スペースを1個にするか2個にするかは、英語ネイティブの間でも依然として意見が分かれていて、よく議論の的になっています。試しに「sentence spacing」のキーワードでネット検索すると、数十万件もヒットします。ウィキペディアもありますので、ご興味のある方はご参照下さい(https://en.wikipedia.org/wiki/Sentence_spacing)。

スペース2個のメリット

スペースを2個入れるスタイルを批判する英語ネイティブが多いにも関わらず、筆者はなぜスペース2個を推奨し続けているかと言いますと、今や英語文書の読者は英語のネイティブスピーカーだけではないからです。私達日本人のように、母国語がアルファベット表記でない人たちにとっては、スペースが2個入っているほうが「文章の区切り」が断然わかりやすく、英文が読みやすくなります。したがって、非英語ネイティブにもわかりやすい「global English」の観点から考えると、文字による英語の意思疎通を速くスムーズに進めるためには、文末のスペースは1個より2個にするほうがよいと言えます。

このような私見を、前述のAMWA会員専用メーリングリストに投稿したところ、スペース2個に対する批判がぴたりと止まりました。また、「アジア言語の人たちの視点で考えたことがなかった。有益なコメントをありがとう」と感謝の言葉を寄せてくれたネイティブ会員もいました。

スペースを2個入れるメリットは、アルファベットを使っている欧米人には気付きにくいので、批判や反対をする英語ネイティブがいたら理由を説明して、global English」の観点から英文を書くことを薦めてあげて下さい。その上で、業務上関係するネイティブらともよく相談して、文末のスペースの数を決めるとよいでしょう

【まとめ】
英文の最後に打つピリオドの後のスペースの数
・論文では通例1個
・その他では2個がおススメ!非英語ネイティブには文章の区切りがわかりやすい。

 

 

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著者:内山 雪枝(クリノス 代表)
元医師、医学翻訳者、メディカルライター、セミナー講師。
明の星女子短期大学英語科卒業。東海大学医学部卒業。
大学病院勤務後、フリーランス医学翻訳者に転向。
米国のモントレー国際大学院翻訳修士課程に留学。
1996年より米国メディカルライター協会(AMWA)会員。
有限会社クリノスのメディカルライティング本部長と代表取締役社長を経て、
2017年にクリノス開業。
著書:『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』シリーズI~IV巻(2019年完売・絶版)

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くすりミュージアムへ行こう!

先日、元医療従事者の友人に誘われて、東京・日本橋の「くすりミュージアム」に行って来ました。このミュージアムは、大手製薬企業の第一三共株式会社が2012年2月に開館したものだそうですが、恥ずかしながら、友人から誘われるまで知りませんでした。専門家向けではなく一般向けの博物館ということで、友人と「突っ込みどころ満載かも」と幾分冷やかし気味に訪れてみたところ、良い意味で予想を裏切られ、製薬関連の翻訳を20年以上手掛けている元臨床医の私でも、楽しめて勉強になったのでご紹介したいと思います。

「くすりミュージアム」は、その名が示すとおり薬に関する博物館で、展示コーナーは約20種類もあります。その内容は薬の歴史、創薬から承認・販売までの研究開発プロセス、剤形の種類と特徴、薬理作用とそのメカニズム、薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)、製剤工程、品質管理、育薬など幅広く、しかも予想以上に本格的でした。しかし、ICチップ内蔵の「メダル」を使ってクイズやゲームに挑戦したり、映像を見たり、模型に触れたりする「体験型」の博物館なので、子供にもわかりやすく、楽しみながら学べるよう工夫されています。家族連れで訪れても楽しめると思います。

先日ノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智氏は土壌中の細菌から薬の「種」を発見して、熱帯病の特効薬を開発した功績が高く評価されましたが、ミュージアムには「くすりの種」というコーナーもありました。このコーナーでは様々な医薬品の「種」やその発見法が紹介されていますので、この機会に「くすりミュージアム」を訪れて、話題の「薬の種」について学んでみるのも良いと思います。

私達は2時間掛けて館内を回りましたが、各展示をじっくり見て、クイズやCGゲームに挑戦しながら知識を確認していたら、最後は時間が足りず駆け足で見ることになってしまいました。そのくらい展示内容が充実していました。中でも、言葉や概念としてしか知らなかったドラッグデザインや製剤工程(例:造粒、打錠)などについて、3Dパズルや写真・映像などを通じて、具体的なイメージを掴めたのは大きな収穫で、今後の製薬関連の翻訳に役立ちそうです。

他に良かった点を3つ挙げますと、①予約不要入館料が無料なので、誰でも気軽に訪れることができます。②運営会社の企業色は、企業の歴史紹介以外では感じられず、普遍的な展示内容になっている点に好感が持てました。③各展示コーナーに番号が振られており、番号順に回れば良いので、展示コーナーが約20種類あってもどれから見るべきか迷わなくて済みますし、内容を理解しやすい順序に並べられていました。

このように「くすりミュージアム」は医薬品全般の基礎知識を短時間で楽しく学べる博物館なので、製薬分野のメディカルライターや翻訳者、そしてこれらの志望者で、特に薬学のバックグラウンドがない方は、ぜひ一度「くすりミュージアム」を訪れてみて下さい。きっと大いに勉強になると思います。

なお、後で気付きましたが、各展示コーナーの所要時間の目安がパンフレットに記載されているので、目安に基づいて時間配分を考えながら館内を回ると、すべての展示を効率よく見ることができると思います。それでも計1~2時間は掛かると見積もって、時間に余裕を持って訪れることをお薦めします。休館日や開館時間など、詳しいことは「くすりミュージアム」のホームページをご覧下さい(https://kusuri-museum.com/)。

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製薬業界のメディカルライター必見!EMWAとAMWAがCSRマニュアル『CORE Reference』を共同作成中

前回のブログに書いた第75回米国メディカルライター協会(AMWA)年次総会の参加報告の続きですが、新たなオープン・セッションで人気・評価ともに高かったのは、治験総括報告書(CSR)の作成に関するICH E3ガイドラインに基づく「CORE Reference」の説明会でした。

「CORE」は「Clarity and Openness in Reporting: E3-based」の頭文字です。そして「CORE Reference」は、欧州メディカルライター協会(EMWA)の経験豊富なレギュラトリーライターらが2014年5月に結成したBudapest Working Group(BWG)が、AMWAと共同で作成中のCSR作成マニュアルです。

「CORE Reference」作成の主な理由としては、E3ガイドラインの曖昧な点を明確にする必要があること、欧米で急速に進む治験データの公開に適したCSRの作成が急務であることなどがオープン・セッションで挙げられていました。

ICH E3ガイドラインが発表されて20年が経ち、様々な問題点が指摘されているにも関わらず、ICHがE3ガイドラインを改訂する気配がないことに、欧米のレギュラトリーライターたちがしびれを切らしたのかもしれません。実は、E3ガイドライン改訂の噂は何年も前からあり、AMWAの会員数名も改訂メンバーに加わっていることがAMWAで度々話題に上っていました。しかし、BWGは昨年5月にEMWA会員を中心に結成され、その後AMWAと提携したとのことなので、E3ガイドライン改訂の動きとは別のようです。

BWGはICH E3ガイドラインを見直し、補足事項や推奨事項などを追記した「CORE Reference」の草案を作成済みで、草案のレビューは日米欧の各規制当局にも依頼しているそうです。当局の「お墨付き」となれば、「CORE Reference」の信頼性は高く、多くの製薬企業・CROが利用するにようになるのではないかと思います。

また、BWGは、CSRの礎となる治験実施計画書(プロトコル)の作成についても、ICH E6ガイドラインに基づくマニュアルを同時に作成中で、「CORE Reference」に含まれるとのことです。そうなると、CSRの作成を見据えて、CSRとの整合性を図ったプロトコルを作りやすくなるかもしれません。

「CORE Reference」の目的や進捗状況などの詳細は下記の各リンク先をご覧下さい。
・BWGのプレスリリース
http://www.emwa.org/Documents/CORE%20Press%20Release-28jan15_final.pdf
・BWGが2014年に『Medical Writing』誌に発表した論文
http://www.maneyonline.com/doi/full/10.1179/2047480614Z.000000000254
・BWGがAMWAのオープン・セッションで使用したスライド
http://www.amwa.org/files/Events/AC2015/2015BudapestWorkingGroup.pdf

BWGの今後の予定としては、今年12月に第2弾の論文を『Medical Writing』誌に発表し、2016年半ばに「CORE Reference」を公式サイトで無料公開するとのことです。CSRやプロトコルの作成・翻訳に携わる方は要チェックですね。

参照ページ
「CORE Reference」公式サイト
CSRマニュアル「CORE Reference」を読む3つのメリット(2016年AMWA年次総会の参加報告)

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有害事象の叙述を英語で書く(2015年AMWA総会の参加報告)

今年も米国メディカルライター協会(AMWA)年次総会に参加して来ましたので、早速報告いたします。今年の総会は10月1~3日にテキサス州サンアントニオで開催され、創立75周年を祝う記念の会でした。アメリカには75年以上も前からメディカルライティングの概念が存在していたとは驚くばかりです。

日本からの参加者は例年より少なく15名弱でしたが、アメリカ駐在の日本人会員の方も数名参加なさっていました。内訳は、国内製薬企業のメディカルライターや翻訳者の方が大部分を占めていましたが、フリーランス医薬翻訳者の方もいらっしゃいました。また、今年は初参加の日本人会員が多く、私のように長年参加している会員との二極化が特徴的でした。会期中には、恒例の日本人参加者中心の夕食会を開催し、今年も親睦を深めながら有益な情報交換を行うことができました。

AMWA年次総会は多種多様な「ワークショップ(総会参加費とは別料金・事前申込必要。修了単位取得可)と「オープン・セッション(追加料金・事前申込不要。修了単位付与なし)が特徴的で、今年も新たなワークショップとオープン・セッションがいろいろ追加されて目移りしました。

今年初めて開催されたワークショップの1つは、治験総括報告書(CSR)の「有害事象(AE)の叙述(narrative)」の書き方でした。叙述は、「narrative writing」という特殊なスキルと臨床知識が必要であり、CSRの中でもライティングや翻訳が難しいセクションなので、これまで叙述のワークショップがなかったのが不思議なくらいです。

日本からの参加者のうち、私も含めて5名がこのワークショップに出席しており、英語の叙述の書き方を学ぶニーズの高さと、国内で学べる機会や教材の少なさを示唆しているように思いました。これは国内の英文MW教育の課題の1つと言えるでしょう。

本ワークショップは初開催のせいか、内容は初心者向けで、ICH E3ガイドラインで推奨されている叙述の記載項目など、基本的な事柄から講義は始まりました。終盤では、短い叙述例を複数使って各例の書き方の問題点と改善法を学び、テンプレートの例も提示され、実践的な内容になっていました。

一昨年のAMWA参加報告に書いたとおり、欧米では叙述作成を自動化している製薬企業・CROが増えていますが、AMWAの年次総会で叙述の書き方のワークショップが新たに設けられたということは、依然として人間によるライティングやチェックが欠かせないからだと思われます。ワークショップの講師も「叙述では症例ごとに当該有害事象に関連のある症状や臨床検査データ等のみを適切に選んで書くことが重要」と強調していたので、治験や臨床等の専門知識と経験を十分兼ね備えたメディカルライターやreviewerの判断力に負うところが、やはり大きいのではないかと思いました。

しかし、ワークショップの講師によると、有害事象や副作用の「narrative writing」に関する本はないそうですし、叙述関連のガイドラインはICH E3ガイドラインと、FDA CFR Title 21中のSection 312.32「IND Safety Reporting」の2つのみとのことです。
http://www.accessdata.fda.gov/scripts/cdrh/cfdocs/cfcfr/CFRSearch.cfm?fr=312.32)。(ICH E2B(R2)~(R3)ガイドラインも叙述の参考になると思います)

したがって、有害事象の叙述や副作用報告書の英文ライティング・英訳に携わる方々は、これらのガイドラインすべてに目を通しておくだけでなく、英語で書かれた症例報告論文をインターネットで多読したり、拙著『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』シリーズ第3巻(臨床経過の書き方)(2019年4月絶版)を読んだり、Targeted Regulatory Writing Techniques: Clinical Documents for Drugs and Biologicsに掲載されている有害事象の叙述例(94頁)を参照したりして、英語の「narrative writing」の知識とテクニックを学ぶと良いと思います。

AMWA年次総会のオープン・セッションについては、次回ご報告します。

参考:過去のAMWA年次総会参加報告
・第69回(2009年)年次総会(http://www.jmca-npo.org/link/201001.html
・第73回(2013年)年次総会(http://www.clinos.com/blog/?m=201312

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説明同意文書向けの平易な英語表現

英文を書く際は、日本語同様に適切な「文体」を選び、選択した「文体」で文書全体を統一する必要があります。例えば「高血圧」の定訳は「hypertension」ですが、これは専門用語であり、専門家・医療従事者以外の人には通じないことが多いので、説明同意文書などで使うのは不適切です。実際、私がアメリカ人の友達に「hypertension」と言ったら、「hyperactivity」(多動性)と勘違いされて、話が通じなかったことがあります。したがって、一般・患者向けの文書で「高血圧」は、平易な英語(plain English)を使って「high blood pressure」と書かなければなりません。

しかし、日本人には英語の「文語と口語」や「専門用語と平易な表現」の区別がわかりにくく、英和辞典や医学辞典などを見てもこれらの区別は載っていません。それで私も長年苦労しており、自分の経験に基づいて「専門用語」と「平易な表現」を簡単な対比表にまとめて、拙著『薬事・申請における英文メディカル・ライティング入門』I改訂版に掲載していますが、数年前に米国メディカルライター協会(AMWA)で下記のサイトが紹介されていました。

Group Health Research Institute (GHRI)
Program for Readability in Science and Medicine (PRISM)
「The PRISM Readability Toolkit」(pdf)
<http://www.grouphealthresearch.org/capabilities/readability/readability_home.html#prism_toolkit>

GHRIが作成した「The PRISM Readability Toolkit」は、被験者向けの治験関連文書などを作成する際に必要な以下の情報が網羅されていて、大変有益なガイドブックだと思います。

・平易な英文とは
・平易な英文を書くコツ
・平易な英文の評価方法(計算式とチェックリスト)
・専門用語と平易な表現の広範な対比表
・専門表現を使った英文とその改善例
・わかりやすい説明同意文書の文例
・リンク集

説明同意文書の文例をつなげれば、英文テンプレートができてしまいそうですが、テンプレートのリンク集も掲載されています。説明同意文書は決まり文句が多いので、文例もリンク集も非常に有用だと思います。

また、専門用語と平易な表現の対比表をご覧になると、論文調の堅い表現も知ることができるので、和文英訳や英文ライティングを手掛ける機会のある方は、Toolkitをダウンロードして活用すると良いと思います。上記サイト右下の「Get the PRISM Readability Toolkit」をクリックすると、pdfファイルを無料でダウンロードできます(登録不要)

治験関連文書の書き方に関する世界初の指南書『Targeted Regulatory Writing Techniques: Clinical Documents for Drugs and Biologics』(編集:Linda Fossati Wood & MaryAnn Foote、出版:Birkhauser)の巻末には、短い説明同意文書のサンプルが掲載されているので、本書をお持ちの方はご参照下さい。説明同意文書のサンプルやテンプレートは、インターネット上にも多数ありますから、英語で書く前にぜひ検索してみて下さい。

説明同意文書は、書くべき内容がICH GCPガイドラインで推奨されていて、使われる表現・文章には一定のパターンがあるので、英文ライティングや英訳をする前に、インターネットや参考書などで定型表現・定型文を調べて活用すると良いでしょう。

某外資系製薬企業では、専門表現を多用した論文調で和文英訳した説明同意文書を海外本社に送ったところ、「日本ではこんな難しい表現で説明同意文書を書いているのか?」と外国人に誤解されてしまったことがあったそうです。逆に、論文を和文英訳した際に口語表現を多用していたため、投稿先から書き直しやネイティブチェックを求められたというケースも多々ありますので、「文体の統一」は英語でも重要です。特に英会話が上手な方や通訳者は、論文調の文書の英文ライティングや和文英訳で口語を多用しがちなので注意が必要です。訳語や文法の正確さやスタイルの統一などだけでなく、「文体」にも気を配りましょう。

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有害事象の叙述の自動作成と治験報告書の公開(2013年AMWA総会の参加報告)

私は1996年に米国メディカルライター協会(AMWA)に入会して以来、ほぼ毎年、年次総会(annual conference)に参加して英文メディカルライティングの学習を重ねていて、今年も勉強に行って来ました。今年の年次総会は11月6~9日にオハイオ州コロンバスで開催され、総会全体の参加者は例年よりやや少なかったものの、昨年までほとんど見掛けなかったインド人参加者を会場のあちこちで見掛けました。メディカルライティングの世界でもインド企業の台頭が著しいようです。

日本からは今年も20名近くの方が参加なさっていました。国内製薬企業のメディカルライターや翻訳者の方々が中心ですが、今年はその人数が少し減り、翻訳会社やメディカルライティング会社などからの参加者が増えました。フリーランス医薬翻訳者の方がお1人参加されていたのは珍しく、大変喜ばしいことでした。また、米国在住のネイティブ医薬英訳者の方も数名参加されていたので、会期最終日恒例の日本人参加者の夕食会にお誘いするなどして、親睦を深めることができました。

AMWA年次総会は多種多様な「ワークショップ」(総会参加費とは別料金・事前申込必要。修了単位取得可)と「オープン・セッション」(追加料金・事前申込不要。修了単位付与なし)が特徴的で、その種類も数も年々増え続けているため、今年も興味を惹かれるものが多く、開催日時が重なると、どれに参加するか迷うほどでした。そこでオープン・セッションは、苦肉の策として1つの前半だけ聞いて、途中から別のオープン・セッションに「はしご」した日もありました。そのようにして受講した中で、皆様のご参考になりそうなオープン・セッションの内容を2つご報告いたします。

有害事象の叙述の自動化

最も印象的だったのは、治験総括報告書の「重篤な有害事象(SAE)の叙述(narrative)」の自動作成です。これは、「Medical Writer IT Tools and Techniques」というオープン・セッションの中で、自動化(automation)の1例として紹介されました。

日本ではまだ少ないかもしれませんが、欧米ではSAEの叙述を自動作成する製薬企業・CROが増えているようで、私は今年前半にAMWA会員専用メーリングリスト(現AMWA Online Forums)で、叙述の自動作成に関する投稿を見て初めて知って驚くとともに、どのように自動化しているのか興味を抱いていました。

オープン・セッションでは、プレゼンター(インドのIT企業社員)が「1症例当たりわずか11秒で叙述を自動的に作成可能」と言ってデモンストレーションを披露し、本当に1症例10秒ほどでMSWord数頁分の叙述が表形式で作成されました。被験者番号・性別・年齢から投与群、併用薬の一覧表、臨床検査値の推移の一覧表、臨床経過まですべて含まれていたので、人間が書かなければならない箇所はありませんでした。こうなると、今後はメディカルライターや医薬翻訳者が英文叙述のスキルを学ぶ必要がなくなるかもしれません。

しかし、今年前半のAMWA会員専用メーリングリストでは、自動化による叙述の品質低下を懸念・指摘する投稿が複数ありました。例えば臨床的に重要な所見・経過が叙述から漏れていたり、逆にあまり必要のない所見・経過が拾い上げられていたりすることがあるそうです。そのため、投稿者たちの結論は「叙述を自動作成しても、臨床知識を持つ医師やメディカルライターなどによるチェックが欠かせない」という点で一致していたことも申し添えておきます。昨今の製薬企業・CROや翻訳会社の行き過ぎた、もしくは不適切な省力化や経費削減などにより、薬剤の安全性が損なわれて患者にしわ寄せが行かないことを願うばかりです。

治験総括報告書の公開

次に、「How to Write a Manuscript from a Clinical Study Report」というオープン・セッションでは、ヨーロッパで申請資料の部分開示が始まっており、アメリカでは治験総括報告書を自社サイトで公開し始めた製薬企業があるという話がありました。英文ライティングや和文英訳の参考となる英語の治験関連文書が誰でも簡単に入手できるようになるのは、日本のメディカルライターや医薬英訳者には有難いことで、今後作成する英語文書の品質向上に大いに役立てたいところです。

ちなみに日本の審査報告書は、以前からPMDAのサイトで公開されていて、英語ページでは英訳版も公開されているので、日本語オリジナル・英訳版ともにすでに参考になさっているメディカルライターや医薬翻訳者の方も多いことと思います。(なお、英訳版が正確かつ適切な英語で書かれているとは限りませんので、参考程度に留めるのが賢明です。欧米の治験関連文書の英語も盲信せず、「英借文」する前に英語の質の良し悪しを正しく見極めるとともに、文脈に合わせて適宜アレンジすることをお勧めします)

このような開示傾向は医薬品開発や企業の透明性を高める上でも喜ばしいことですが、その一方で翻訳者は「治験関連文書は製薬企業の機密文書で、部外者は見られないから、どのように訳すべきかわからない」などの言い訳が通用しなくなり、翻訳依頼者から求められる翻訳レベルが一層高くなることが予想されますので、さらなる情報収集能力(特にネットのリサーチ能力)と勉強が必要になると思います。

AMWAやEMWAの年次総会に参加してみよう!

以上、少しでもご参考になれば幸いです。AMWAやEMWAの年次総会にご興味をお持ちの方は、思い切って一度参加なさってみて下さい。日本では受けられない刺激や学べないスキルを得られるので費用対効果が高く、リスクの低い先行投資だと思います。総会参加が難しい方は会員専用の掲示板を読んだり、協会作成の自習教材を利用したりするなどして、英文メディカルライティング・英訳や欧米の最新事情などを学ぶと良いでしょう。

※私が書いた第69回AMWA年次総会参加報告が日本メディカルライター協会(JMCA)のサイトに掲載されています。AMWAやEMWAにご興味をお持ちの方は併せてご覧下さい。
http://www.jmca-npo.org/link/201001.html

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『AMA Manual of Style』の勉強法

※第11版に合わせて記事をアップデートし、第11版の該当するセクションを赤字で示しました(更新日:2023年7月3日)

医薬分野の英文ライター、英文校閲者、英訳者にとって必携の医薬英文スタイルガイド『AMA Manual of Style』は百科事典のように厚く、内容が盛り沢山なので、「どこから読んで勉強すればいいのかわからない」といったお悩みをよく聞きます。そこで、下記の3ヵ所を下記の順序で勉強することをお勧めします。

1. 第11版 セクション7.0「Grammar」~セクション16.0「Greek Letters」
(第10版:セクション2「Style」)

文法やpunctuation(カンマ、セミコロン、コロン等)、略語の使い方など、いわゆる「医薬英文の書き方のルール」が書かれているのがこれらのセクションです。したがって、まずセクション7.0から読み始めて基本的なルールを身に付けるとともに、『AMA Manual of Style』がどのような英文スタイルを採用しているのかを知ると良いと思います。

また、セクション11.0「Correct and Preferred Usage」には、英語ネイティブのメディカルライターでも間違いの多い類義語の使い分けや、冗長な表現(redundant words)などが載っているので、正確かつ簡潔明瞭な医薬英文を書く基礎知識・テクニックを身に付けるのに役立ちます。

2. 第11版 セクション17.0「Units of Measure」~セクション20.0「Mathematical Composition」
(第10版:セクション4「Measurement and Quantitation」)

これらのセクションには数字、単位、%などの書き方や統計用語集(セクション19.5「Glossary of Statistical Terms」)が載っているので、研究・試験の結果・データ統計記述を英語で書く際に必要な基礎知識が得られます。

3. 第11版 セクション4.0「Tables, Figures, and Multimedia」
(第10版:セクション1「Preparing an Article for Publication」中の4「Visual Presentation of Data」)

ここには図表の書き方が、多くの実例とともに載っています。アカデミアや製薬企業などでは、図表は統計担当者が作成することが多いので、「メディカルライターや医薬翻訳者、英文校閲者に図表の書き方は関係ない」と思うかもしれません。

しかし、英語の図表には様々なルールがあり(例:脚注の書き方)、日本語の図表と異なる点もあるので(例:表に縦線は引かない)、統計担当者が英語の図表のルールを知らない場合は、英語文書作成時にメディカルライターや医薬翻訳者、英文校閲者が図表をチェック・修正したり、統計担当者に助言したりする必要があります。

また、英訳の外注時には図表の英訳も含まれていることが多々あるので、翻訳者は図表のタイトルや項目名などを英語に置き換えるだけでなく、日本語の図表全体を英語の図表の形式に適宜直せなければなりません。

ところが、英語の図表は日本語の図表と異なる点があることを知らない翻訳者が多いせいか、英語の図表の形式に直していないケースが多く見られます。

したがって、メディカルライターや医薬翻訳者、英文校閲者も英語の図表の基本的な書き方日本語の図表との違いを知っておくと良いでしょう。

 

まとめ

分量の多い『AMA Manual of Style』で、メディカルライターや医薬翻訳者、英文校閲者が最低限読むべき箇所は上記の3つだけです。それでも、頁数にすると結構多くて大変だと思うかもしれませんが、例文が非常に多く載っているので、実際に読むべき説明文はそれほど多くありません。恐れずに、まずセクション7.0から読み始めてみて下さい。「千里の道も一歩から」です。

英語の文法用語やライティング用語などがわからなくて読みにくいという方は、「英文ライティング用語の日本語訳リスト」をご活用下さい。

また、『AMA Manual of Style』のホームページに練習問題「Style Quizzesがあるので、上記の各セクションを読みながら練習問題に挑戦して習熟度をチェックすると、達成感が得られて勉強を続けやすいと思います。

追記1:『AMA Manual of Style』第11版が2019年に発行されることが、2018年秋の米国メディカルライター協会年次総会で発表されました。

追記2:『AMA Manual of Style』第11版の発行時期が2020年1月末に延期されたことが、2019年秋の米国メディカルライター協会年次総会で発表されました。

追記3:『AMA Manual of Style』第11版が2020年2月に発刊されました。

 

【補足情報】

『AMA Manual of Style』は米国医師会(AMA)の学術誌『JAMA』の論文投稿規定であり、日本人が間違いやすい点などは考慮・記載されていませんので、拙著『薬事・申請における英文メディカル・ライティング入門』シリーズI巻改訂版(絶版)を併用して、日本人が気をつけるべき点を知って頂くと学習効果が上がると思います。拙著には『AMA Manual of Style』第10版の参照頁も記載されていますので、ぜひご活用下さい。書籍情報はこちら。(追記:『薬事・申請における英文メディカル・ライティング入門』I巻改訂版は好評につき完売し、2019年1月に販売終了・絶版となりました。あしからずご了承下さい)

『薬事・申請における英文メディカル・ライティング入門』 I 改訂版 (著者:内山雪枝、出版:サイエンス&テクノロジー株式会社)

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『AMA Manual of Style』オンライン版の国内利用

ご存知の方も多いかと思いますが、これまで欧米でしか使えなかった『AMA Manual of Style』第10版のオンライン版が、ようやく、日本を含む全世界で利用できるようになりました。ご参考までに申込サイト等を下記のとおりお知らせいたします。

・個人での利用申込
https://global.oup.com/academic/product/ama-manual-of-style-9780195382846?cc=jp&lang=en&

・企業・団体・アカデミア向けの30日間無料トライアル(個人向けなし)
http://www.oup.com/uk/academic/online/freetrials/

・企業・団体・アカデミアでの利用について
http://www.amamanualofstyle.com/page/subscribe/how-to-subscribe

・企業・団体・アカデミアでの利用に関する国内問い合わせ先

オックスフォード大学出版局株式会社
〒108-8386 東京都港区芝4-17-5 相鉄田町ビル3F
TEL:03-5444-5858
E-mail: custserve.jp@oup.com
日本語ウェブサイトはこちら

オンライン版では、誤字・脱字などの修正や、改訂後の変更箇所などが反映された最新版が利用可能であり、検索が早くて楽などの利点があります。また、利用方法をカスタマイズすることもできます。詳しいことは『AMA Manual of Style』のホームページをご覧下さい。

ホームページには、改訂後の変更一覧(Updates)や、スタイルに関する練習問題(Style Quizzes)など、有用なコーナーもありますので、ぜひ一度ご覧になってみて下さい。練習問題は、オンライン版利用者だけでなく誰でも利用可能になったようですので、自習だけでなく勉強会などにも幅広くご利用になれると思います。

国内の製薬業界では、メディカルライターや社内翻訳者の間でスタイルガイドの利用や『AMA Manual of Style』が普及し、社内で英語文書を作成する際だけでなく、英語文書作成を外注する際にもスタイルガイドを指定することが増えています。

しかし、CRO・翻訳会社やフリーランスのメディカルライター・医薬翻訳者の間では、スタイルの統一などの必要性があまり認識されておらず、スタイルガイドの利用や『AMA Manual of Style』の普及がまだ進んでいないようです。そのため、製薬企業からは以下のようなご不満の声をしばしば耳にいたします。

  • 英語文書作成の外注時に社内の英文スタイルガイドを外注先に提供しても従わず、スタイルも統一されていない納品物が多い。
  • 翻訳会社に英訳を外注した際に英文スタイルの統一などを要請したら、多額の追加料金を請求された。
  • 契約しているネイティブ翻訳者が「自分のスタイルのほうが良い」と言って、指定のスタイルガイドに従ってくれなかった。

英語論文でも、投稿規定に従ってスタイルを統一することが欠かせませんから、文書の種類を問わず、スタイルの統一は英文ライティング・英訳作業の極めて重要な要素です。

今後は製薬企業やアカデミアだけでなく、CRO・翻訳会社やフリーランスのライター・翻訳者の間でもスタイル統一の必要性がもっと認識されること、そして医薬分野のスタイルガイドの「グローバル・スタンダード」と呼ばれ、多くの論文投稿規定や企業内スタイルガイドの基礎となっている『AMA Manual of Style』に精通する方が増えることを願っています。

追記1:『AMA Manual of Style』第11版が2019年に発行される予定です。

追記2:『AMA Manual of Style』第11版の発行時期が2020年1月末に延期されました。

追記3『AMA Manual of Style』第11版が2020年2月に発刊されました。

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