英語論文では翻訳者らへの謝辞が必要

※2024年4月7日更新

今回も、2013年4月25日に日本メディカルライター協会(JMCA)主催のセミナー「国際的な医学雑誌への論文アクセプトのための戦略」に参加した話の続きで、英文メディカルライティングや論文執筆・英訳に携わる方々にぜひお伝えしたい内容2つのうち2番目をご報告します。それは「貢献者への謝辞を忘れずに!」です。

 

1. 英語論文の国際的ガイドラインの規定

ご存知のとおり、医学論文に関する国際的ガイドラインには様々なものが存在します。代表的なものとして、ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)の統一投稿規定「Uniform Requirements for Manuscripts」が挙げられますが、名称が「Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals」に変更され、今年8月に更新されました(http://www.icmje.org/)。

他には、製薬企業等から資金提供を受けた医学研究の論文発表に関するガイドライン「Good Publication Practice for Communicating Company-Sponsored Medical Research」の第2版(GPP2ガイドライン)が2009年にBMJオンライン版で発表されています(http://www.bmj.com/content/339/bmj.b4330.long)。

英語論文執筆者や、英語論文の作成に携わるメディカルライター・翻訳者・校閲者は、これらのガイドラインに精通している必要があります。論文関連ガイドラインをまとめてお知りになりたい方には、EQUATOR Networkのサイトが便利です(http://www.equator-network.org/)。これらのガイドラインやサイトは、4月のJMCAサロンでも紹介されていました。

上記のガイドラインなどでは、論文著者の資格・条件(authorship)が明確に規定されており、著者の条件に満たない貢献者は「謝辞」(Acknowledgements)のセクションに記載すること(contributorship statement)が求められています。貢献者には、論文作成を支援するメディカルライターや翻訳者、英文校閲者なども含まれます

2. 日本人が翻訳者らへの謝辞を書かない原因

2.1 論文ルールの普及の低さ

筆者は知り合いの医師らから論文の和文英訳や英文校閲を依頼されると、「謝辞」に翻訳者などの名前を記載するよう、十年以上前から助言しています。なぜなら、多くの日本人医師・研究者は、そもそも論文関連の国際的なガイドラインの存在を知らず、論文作成の貢献者を「謝辞」に書くという国際的なルールを知らないからです。

貢献者の記載の必要性を説明すると、first authorの若い医師らは「謝辞」への記載を快諾してくれることが多いです。しかし、指導医や教授などによるチェックの際に「謝辞」から貢献者の記載が削除されてしまうことがよくあります。教授と言えども、論文の国際的なガイドラインの存在や、貢献者の記載の必要性などを知らない場合が多いのではないかと思います。

2.2 英語コンプレックス

日本人医師・研究者は、翻訳者やネイティブチェッカーの力を借りたことを「謝辞」に書くと、「自分の英語力が低いことが露呈してしまうのではないか」と恐れる傾向が見受けられます。

2.3 論文は研究者自身が書くという思い込み

海外では英語ネイティブの医師・研究者でさえ、メディカルライター・エディターらの協力を得て論文を作成・推敲していることが多いという事実は、日本では依然としてあまり知られていないため、日本人は自分で英語論文を書かないことは「恥ずかしい」という考え方が根強いように思います。実際、「英語の論文くらい自分で書けなくてどうする!俺が若い頃は・・・」などと中高年の医師に叱られ、当方に助けを求めて来られる医師が後を絶ちません。

3. 翻訳者らへの謝辞を書くメリット

多くの日本人医師・研究者が持つ古い考えとは逆に、貢献者を「謝辞」に書くことには複数のメリットがあります。

(1)プロのメディカルライターやパブマネに論文作成を手伝ってもらったことを書けば、関連ガイドラインに従って世界に通用する倫理的な論文を作成したことを査読者や投稿先の編集者らに印象付けることができます。

(2)プロの医薬翻訳者に英訳を頼んだことや、ネイティブチェッカーに英文を校閲してもらったことを書けば、論文の英語の質が悪くないことを査読者や編集者らに示唆することができ、投稿先から「ネイティブに英語をチェックしてもらうように」と門前払いされるリスクが減ります。

(3)いわゆる「ゴースト・ライティング」は倫理上問題であることを認識している方が多いと思いますが、メディカルライターや翻訳者らに英文を作ってもらったら、その旨を「謝辞」に明記すれば「ゴースト・ライティング」を回避できます。

したがって、「謝辞」に論文作成の貢献者を書かないのはむしろ勿体ないと思います。このような点からも、貢献者の記載を論文著者に勧めています。

4. 英語論文作成の教育の必要性

JMCAサロンのQ&Aセッションでは、Woolley教授に、上述のような日本独特の問題・原因が存在することを説明し、意見を伺ったところ、やはりメディカルライターや翻訳者、英文校閲者などの貢献者は「謝辞」に書くべきであり、そのためには医師や研究者に対する英語論文作成の「教育」が重要だとおっしゃっていました。

5. 翻訳者らへの謝辞の書き方

医師・研究者が翻訳会社などに論文の和文英訳や英文校閲を外注した場合は、誰が翻訳・校閲したのかわからないことが多いですが、外注先の組織名を「謝辞」に書けばOKです(例:We thank Clinos for translating the early version of manuscript.)。翻訳者や校閲者がわかる場合は、貢献者の氏名(+所属先)を書きましょう(例:We thank Yukie Uchiyama, MD of Clinos for editing the manuscript.)。

6. 論文翻訳・校閲側の問題

世界に通用する英語論文を作成できる知識とテクニックを持つ日本人メディカルライター・医学翻訳者・校閲者は、残念ながら依然として極めて少ないです

英語論文の作成に携わるメディカルライター・翻訳者・校閲者は、「謝辞」に名前が載るほど責任ある仕事を任されていることを自覚し、それに値する実力のない人は英語論文関連の受注を慎むべきだと思います。英語論文の書き方や作法を知らないどころか、日本語の医学論文さえ読んだことのない駆け出しの翻訳者が、仕事欲しさに論文の和文英訳を引き受けるなど言語道断です。このようなフリーランスに論文の英訳を発注する翻訳会社やCROなども再考が必要だと思います。

7. まとめ

前回のブログでご紹介した「剽窃」の問題などもあり、単に日本語を英語に置き換えただけでは、海外の医学雑誌に論文を投稿しても受理されにくい時代になっています。また、研究や論文の「透明性」が一層求められていますので、英語論文の作成を依頼する側も引き受ける側も、意識改革と日々の学習が必要と言えるでしょう。

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著者:内山 雪枝(クリノス 代表)
元医師、医学翻訳者、メディカルライター、セミナー講師。
明の星女子短期大学英語科卒業。東海大学医学部卒業。
大学病院勤務後、国内翻訳学校と米国大学院で翻訳を学び、
医学翻訳を30年以上手掛ける。
英文メディカルライティングの教育活動も20年以上継続中。
所属団体:米国メディカルライター協会(AMWA)(1996年~現在)
著書:『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』I~IV巻(完売)
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