がんの基礎知識を学ぶ3つのメリット

がん領域の研究・開発が盛んな昨今、製薬企業・CROから英文メディカルライティングの研修や講演をお引き受けすると、「抗がん剤の治験総括報告書やプロトコルを取り上げてほしい」「がんに関する英語表現を教えてほしい」など、がん領域の英語学習のご要望を頂くことが増えています。

しかし、英語表現を学ぶ前に、そもそもがんの基本的な事柄さえ十分知らない・理解していない受講者が多いことに驚きます。例えば和文英訳の演習で「進行がん」を「progressive cancer」と誤訳する受講者が意外に多いのですが、「進行がん」の意味を正しく理解していれば、「進行性の」という意味の形容詞「progressive」を使うことはおかしいと気付くはずです(ネットでも簡単に調べられる専門用語の定訳を確認していないことも問題ですが・・・)。残念ながら、「腫瘍学」(オンコロジー)の基礎を体系的に習った経験があるメディカルライター・翻訳者は少ないようです。

ライティングでも翻訳でも、言語の種類を問わず、文書の内容を正確かつ十分に理解できなければ、内容を他者に正しく伝えることは難しく、重大な記述ミスや誤訳を犯すリスクが高くなります。だからこそ、メディカルライターや医薬翻訳者には医薬分野の専門知識が求められるのです。

また、にわか仕込みの断片的な知識のままでは、がんに関する最新の知見も十分に理解できず、がん関連文書の内容に今後ますます付いていけなくなります。キャリアアップを目指すなら、がんの専門知識を増やすことも考えると良いかもしれません。

そこで、がんの基本的な事柄をよく知らない方は、腫瘍学の基礎を学んでみてはいかがでしょうか。中級レベルで知識が断片的あるいは中途半端な方は、一度基本に戻って体系的に学び直すと、知識が整理されて利用・応用しやすくなると思います。

基礎を学ぶ3つのメリット

様々な疾患の中でも、がんの場合は基礎を学ぶメリットが3つもあります。

【メリット1】
がんには胃がんや乳がん、白血病など様々な種類がありますが、がんの基本的な概念・用語・診断・治療などは多くのがんに共通するので、腫瘍学の基礎を学ぶと様々ながんが一気に理解しやすくなります。他の疾患(例:高血圧、骨粗鬆症)について勉強した場合、その知識はその疾患の理解にしか役立たないことが多いので、他の疾患に比べてがんの基礎知識は「汎用性」が高いと言えます。

【メリット2】
がん領域の研究・開発は、がん患者の増加に伴って今後も活発な状況が続くと予想されるので、腫瘍学の基礎知識は長期に渡り頻繁に業務上役立つ可能性が高いと考えられます。実際、筆者が医学部で学んだ基礎知識は、数十年経った今でも大変役立っています。これら2つの特徴は他の疾患の学習にはないメリットだと思います。

【メリット3】
今や日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなると言われるほど、がんは身近な病気ですから、がんの基礎知識はプライベートでも役に立ちます。がんの病態を正しく理解すれば、がんを闇雲に恐れることなく、適切な予防や早期発見に努めて発症・進行に備えることができます。また、どのように対処すべきか少しでも知っておけば、万が一発症してもパニックや落ち込みを軽減できるでしょうし、適切な治療を選びやすくなります。自分自身のためだけでなく、大切な家族や友人のためにも、健康の「常識」として腫瘍学の基礎を学んでおいて損はありません!

このように、腫瘍学の基礎学習には公私ともに大きなメリットがあります。

文系出身者にもお薦め!

文系出身の医薬翻訳者やメディカルライターで、「少しでも医学知識を身に着けたいけど、医学分野は広すぎて、何から勉強すればいいかわからない・・・」とお悩みの方にも、腫瘍学の基礎学習はお薦めです。その理由は主に3つあります。

1. がんは身近な病気なので、腫瘍学は取っ付きやすい
2. がん領域は一般向けのわかりやすい本やセミナーなどが多く、勉強しやすい
3. 前述の3つのメリットから考えて学習の費用対効果も時間対効果も高い

これらの理由より、医学分野の中では腫瘍学から学び始めるのが得策だと考えられるので、筆者は医薬翻訳者やメディカルライターの方々から医学分野の学習方法について相談を受けると、いつも「腫瘍学」を真っ先にお薦めしています。医学知識のない方は、医学への入り口として腫瘍学から勉強を始めてみてはいかがでしょう?

腫瘍学の基礎(総論)を理解できたら、肺がんや大腸がんなど特定のがん(各論)の勉強に進んだり、腫瘍学を構成する分野(例:遺伝学、薬理学、臨床検査、外科)の勉強を深めたりすれば、がんの理解に必要な医学知識をさらに増やせるでしょう。

まとめ
腫瘍学の基礎知識は・・・

  • 他の疾患に比べて汎用性が高い
  • 長期間、頻繁にメディカルライティング・医薬翻訳に役立つ可能性が高い
  • 健康の「常識」としてプライベートでも役立つ

腫瘍学は・・・

  • 身近で取っつきやすい
  • 一般向けの本なども多くて勉強しやすい
  • 学習効果が高い

<「がんの基礎知識を学びたい!」と思った方へ>
「がん臨床試験のための腫瘍学入門」セミナー
~知っておくべき、がんの常識と日英専門用語~
2016年6月10日(金) TKP市ヶ谷カンファレンスセンター(東京都新宿区)
詳細・お申込はこちら⇒http://www.clinos.com/seminar/580/
(追記:本セミナーは盛況のうちに終了いたしました。多数のご参加ありがとうございました)

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英文ピリオド後のスペースは何個にすべき?

英語の文章を書く際、各文章の最後にピリオドを打ちますが、その後のスペース(sentence spacing)は何個入れていますか?1個ですか?それとも2個ですか?文書内でスペースの数を統一する必要があるので、長い文書を複数の人で分担してライティング・英訳や校閲などを行う際は、文末ピリオド後のスペースの数を予め決めておかなければなりません。さあ、何個にしましょう?

 

論文ではスペース1個

論文では、誌面の広さや印刷費用などの都合上、掲載の分量が限られているので、文末ピリオド後のスペースは1個のみの場合が多いですが、必ず投稿規定で確認しましょう。

ちなみに、世界的医学誌『JAMA』の論文投稿規定である『AMA Manual of Style』に、文末ピリオド後のスペースの数に関する規定はありません。このように投稿規定に記載されていない場合は、投稿先の学術誌に実際に掲載されている論文を見て確認します。投稿先が未定または不明の論文では、とりあえずスペース1個にしておくのが無難でしょう。

その他の英語文書では、指定のスタイルガイド(例:社内スタイルガイド)に従います。スタイルガイドに規定がない場合は、担当者などに確認しましょう。

これから決めるなら2個がおススメ!

これからスタイルガイドなどで決めるという場合、筆者はスペースを2個入れることをお薦めします。なぜなら、1個より2個のほうが「文章の区切り」がわかりやすいからです。特に、何か特定の情報を探したい場合や速読する場合に、スペースが2個入っていると「文章の区切り」が一目でわかり、情報を探しやすくなったり、速く読みやすくなったりします。このようなお薦めは拙著『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』I巻改訂版にも書いています。

スペース2個に対する反対意見

「英語のネイティブスピーカーから『文末ピリオドの後にスペースを2個入れるのは、タイプライターで英文を書いていた時代の習慣。単語と単語の間隔を自動的に調整してくれるコンピュータで英文を書く現代は、スペース1個でよい』と言われた。2個入れるスタイルは古いのではないか」、「一般英語のスタイルガイド『Chicago Manual of Style』ではスペース1個に規定されている」などのご指摘を時々頂きます。

おっしゃるとおり、「スペースは1個」と規定している英文スタイルガイドも数多く存在しますし、英語ネイティブのメディカルライターや医薬翻訳者に尋ねると、大抵「スペースは1個で十分」と言われます。数年前に米国メディカルライター協会(AMWA)の会員専用メーリングリストでも、スペースの数が話題に上ったことがあり、英語ネイティブの会員からは「スペース2個は時代遅れ」や「2個入れるべき理由はない」など、スペース2個に対する反対意見が続出しました。

しかし、スペースを1個にするか2個にするかは、英語ネイティブの間でも依然として意見が分かれていて、よく議論の的になっています。試しに「sentence spacing」のキーワードでネット検索すると、数十万件もヒットします。ウィキペディアもありますので、ご興味のある方はご参照下さい(https://en.wikipedia.org/wiki/Sentence_spacing)。

スペース2個のメリット

スペースを2個入れるスタイルを批判する英語ネイティブが多いにも関わらず、筆者はなぜスペース2個を推奨し続けているかと言いますと、今や英語文書の読者は英語のネイティブスピーカーだけではないからです。私達日本人のように、母国語がアルファベット表記でない人たちにとっては、スペースが2個入っているほうが「文章の区切り」が断然わかりやすく、英文が読みやすくなります。したがって、非英語ネイティブにもわかりやすい「global English」の観点から考えると、文字による英語の意思疎通を速くスムーズに進めるためには、文末のスペースは1個より2個にするほうがよいと言えます。

このような私見を、前述のAMWA会員専用メーリングリストに投稿したところ、スペース2個に対する批判がぴたりと止まりました。また、「アジア言語の人たちの視点で考えたことがなかった。有益なコメントをありがとう」と感謝の言葉を寄せてくれたネイティブ会員もいました。

スペースを2個入れるメリットは、アルファベットを使っている欧米人には気付きにくいので、批判や反対をする英語ネイティブがいたら理由を説明して、global English」の観点から英文を書くことを薦めてあげて下さい。その上で、業務上関係するネイティブらともよく相談して、文末のスペースの数を決めるとよいでしょう。

まとめ

英文の最後に打つピリオドの後のスペースの数
・論文では通例1個
・その他では2個がおススメ!非英語ネイティブには文章の区切りがわかりやすい。

 

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著者:内山 雪枝(クリノス 代表)
元医師、医学翻訳者、メディカルライター、セミナー講師。
明の星女子短期大学英語科卒業。東海大学医学部卒業。
大学病院勤務後、国内翻訳学校と米国大学院で翻訳を学び、
医学翻訳を30年以上手掛ける。
英文メディカルライティングの教育活動も20年以上継続中。
所属団体:米国メディカルライター協会(AMWA)(1996年~現在)
著書:『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』I~IV巻(完売)
→ 詳しいプロフィールはこちら

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英文を速く読む方法

英文メディカルライティングや医薬英訳・英文校閲の上達法の1つとして、「質の高い医学英文の多読」を長年薦めています。(多読の効果的な方法は、拙著『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』第1巻改訂版の114~119頁をご覧下さい。)しかし、多読を始めた方からは「英文を読むのが遅くてたくさん読めない。どうしたらいいか」、「英語表現に集中すると内容の理解が疎かになり、内容に集中すると英語表現に目が行かない。同時に両方できる読み方はないか」などの相談を受けることがあります。また、業務上、海外の文献などを読む機会が多い方からは、「英文を速く読めるようになって仕事の効率を上げたい」という声を時々耳にします。

文章内容の理解と表現の意識を同時に行うのは母国語でも難しいので、外国語では一層難しくなります。まずそのことを理解して、英語で両方を同時に行うことは潔く諦めましょう。私は医薬翻訳を始めて20数年、毎日のように英文の読み書きを行っていますが、英文を読むスピードは依然としてネイティブより遅いです。日本語を読むより遅いですし、日本語より集中力を要します。また、私も英文内容の理解と表現の意識を同時にはできないので、別々に行っています。

例えば、英語文書の概要の把握を目的として速く読む場合は、すべての単語・文章を100%理解しようとするのではなく、英文全体の5~8割程度の意味を理解することを目指しています。具体的な方法としては、まず一語ずつ細かく区切って読むのではなく、「意味のまとまり」(文節)ごとに大きく区切って読みます。例えば「The」、「drug」、「was」、「administered」ではなく、「The drug was administered」と続けて一気に読みます。「at a dose of 100 mg」のようなフレーズも同様にまとめて一気に読みます。

また、英文の重要な構成要素である各段落の「topic sentence」や、各文章の「名詞」(特に主語)と「動詞」に注目して読みます。そして、段落の中央部分(supporting sentence)や文章内の冠詞・前置詞などは読まないか、さらっと読み流す程度にします。つまり、すべての単語や文章を同じスピード・重要度で読むのではなく、英語の文章・段落の構成要素の重要度に応じて強弱をつけて読むことでスピードアップを図っています。一方、英語表現に注目して読む場合は、一語一句しっかり捉える「精読」を行っています。

ここで少し専門的な話しになりますが、前者の読み方を「skimming」と言います。学校の英語教育では習わなかった方が多いかもしれませんが、英文の速読には「skimming」と「scanning」という2つのテクニックがあります。簡単に説明しますと、「skimming」は文書全体をざっと読んで要旨をskimする(=すくい取る)方法で、「scanning」は文書の中からお目当てのキーワードや情報をscanする(=探し出す)方法です。

ネイティブは目的に応じて、これら2つのテクニックを使い分けています。私達日本人も日本語を速く読む際に無意識に読み方を変えていますので、英文を読む際も目的に合わせて「skimming」と「scanning」を使い分けると良いでしょう。この2つのテクニックについては、英語が母国語でない人(ESL: English as a second language)向けの説明や練習方法などがインターネットで多数紹介されているので、詳しく知りたい方は検索してみて下さい。

他にスピードアップの方法としては、頭の中で音読するのをやめたり、返り読み(読み直すこと)をせずに文章の頭から内容を理解したりすることが、昔からよく薦められています。皆さんも「脳内音読」や「返り読み」をしていたら、これらをやめることを心掛けてみて下さい。また、学生時代の「リーディング」の授業のクセで一語ずつ日本語に訳しながら読むと、英文を読む速度が落ちます。訳読をしている方は、英文を英語のまま捉えることも意識すると良いでしょう。

それから、私が医学部に入る前に卒業した短大の英語科では「英文速読」の授業があり、速読専用のテキストを使って、その中の指定された段落や頁を、決められた時間内に読む訓練を繰り返し受けました。皆さんも、精読以外の場合は、予め制限時間を決めてタイマーを設定し(例:論文の抄録は3分)、その時間内でたくさん読むことを繰り返すと、速く読めるようになると思います。これは、仕事などで締め切りがあると「速く仕上げよう」という意識が自然に働いて、集中力やスピードが向上する「締め切り効果」の応用です。タイムリミットを設定すると、前述の「音読」や「返り読み」、「訳読」をする余裕がなくなるので、これらのクセを直しやすいという利点もあります。

しかし、どんな方法で英文速読の訓練を行っても、短期間で劇的にスピードアップするわけではありません。母国語である日本語でも、現在のスピードで読めるようになったのは何歳頃だったか思い出してみて下さい。「斜め読み」や「拾い読み」ができるようになったのは、さらに遅かったのではないでしょうか。毎日1日中使っている日本語でも、速く読めるようになるまでにはかなりの年月を要したはずです。

したがって、日本語と同じ速さで英語を読めるようになるためには長い年月を要すると覚悟して、焦らずに努力を重ねていきましょう。諦めずに多読を続ければ、少しずつでも必ずスピードアップします。語学をマスターするには「習うより慣れよ」です。医薬分野の英文をたくさん読んで慣れながら、速度を上げて行きましょう。

【まとめ】 医薬英文を速く読む5つの方法

  1. 医薬分野の英文を多読して、医薬英語に慣れる
  2. 脳内音読や返り読み、訳読をやめる
  3. 重要度の低い文章や単語は読み流すか読まない
  4. 制限時間を設定する
  5. skimmingとscanningを使い分ける

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くすりミュージアムへ行こう!

先日、元医療従事者の友人に誘われて、東京・日本橋の「くすりミュージアム」に行って来ました。このミュージアムは、大手製薬企業の第一三共株式会社が2012年2月に開館したものだそうですが、恥ずかしながら、友人から誘われるまで知りませんでした。専門家向けではなく一般向けの博物館ということで、友人と「突っ込みどころ満載かも」と幾分冷やかし気味に訪れてみたところ、良い意味で予想を裏切られ、製薬関連の翻訳を20年以上手掛けている元臨床医の私でも、楽しめて勉強になったのでご紹介したいと思います。

「くすりミュージアム」は、その名が示すとおり薬に関する博物館で、展示コーナーは約20種類もあります。その内容は薬の歴史、創薬から承認・販売までの研究開発プロセス、剤形の種類と特徴、薬理作用とそのメカニズム、薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)、製剤工程、品質管理、育薬など幅広く、しかも予想以上に本格的でした。しかし、ICチップ内蔵の「メダル」を使ってクイズやゲームに挑戦したり、映像を見たり、模型に触れたりする「体験型」の博物館なので、子供にもわかりやすく、楽しみながら学べるよう工夫されています。家族連れで訪れても楽しめると思います。

先日ノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智氏は土壌中の細菌から薬の「種」を発見して、熱帯病の特効薬を開発した功績が高く評価されましたが、ミュージアムには「くすりの種」というコーナーもありました。このコーナーでは様々な医薬品の「種」やその発見法が紹介されていますので、この機会に「くすりミュージアム」を訪れて、話題の「薬の種」について学んでみるのも良いと思います。

私達は2時間掛けて館内を回りましたが、各展示をじっくり見て、クイズやCGゲームに挑戦しながら知識を確認していたら、最後は時間が足りず駆け足で見ることになってしまいました。そのくらい展示内容が充実していました。中でも、言葉や概念としてしか知らなかったドラッグデザインや製剤工程(例:造粒、打錠)などについて、3Dパズルや写真・映像などを通じて、具体的なイメージを掴めたのは大きな収穫で、今後の製薬関連の翻訳に役立ちそうです。

他に良かった点を3つ挙げますと、①予約不要入館料が無料なので、誰でも気軽に訪れることができます。②運営会社の企業色は、企業の歴史紹介以外では感じられず、普遍的な展示内容になっている点に好感が持てました。③各展示コーナーに番号が振られており、番号順に回れば良いので、展示コーナーが約20種類あってもどれから見るべきか迷わなくて済みますし、内容を理解しやすい順序に並べられていました。

このように「くすりミュージアム」は医薬品全般の基礎知識を短時間で楽しく学べる博物館なので、製薬分野のメディカルライターや翻訳者、そしてこれらの志望者で、特に薬学のバックグラウンドがない方は、ぜひ一度「くすりミュージアム」を訪れてみて下さい。きっと大いに勉強になると思います。

なお、後で気付きましたが、各展示コーナーの所要時間の目安がパンフレットに記載されているので、目安に基づいて時間配分を考えながら館内を回ると、すべての展示を効率よく見ることができると思います。それでも計1~2時間は掛かると見積もって、時間に余裕を持って訪れることをお薦めします。休館日や開館時間など、詳しいことは「くすりミュージアム」のホームページをご覧下さい(https://kusuri-museum.com/)。

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製薬業界のメディカルライター必見!EMWAとAMWAがCSRマニュアル『CORE Reference』を共同作成中

前回のブログに書いた第75回米国メディカルライター協会(AMWA)年次総会の参加報告の続きですが、新たなオープン・セッションで人気・評価ともに高かったのは、治験総括報告書(CSR)の作成に関するICH E3ガイドラインに基づく「CORE Reference」の説明会でした。

「CORE」は「Clarity and Openness in Reporting: E3-based」の頭文字です。そして「CORE Reference」は、欧州メディカルライター協会(EMWA)の経験豊富なレギュラトリーライターらが2014年5月に結成したBudapest Working Group(BWG)が、AMWAと共同で作成中のCSR作成マニュアルです。

「CORE Reference」作成の主な理由としては、E3ガイドラインの曖昧な点を明確にする必要があること、欧米で急速に進む治験データの公開に適したCSRの作成が急務であることなどがオープン・セッションで挙げられていました。

ICH E3ガイドラインが発表されて20年が経ち、様々な問題点が指摘されているにも関わらず、ICHがE3ガイドラインを改訂する気配がないことに、欧米のレギュラトリーライターたちがしびれを切らしたのかもしれません。実は、E3ガイドライン改訂の噂は何年も前からあり、AMWAの会員数名も改訂メンバーに加わっていることがAMWAで度々話題に上っていました。しかし、BWGは昨年5月にEMWA会員を中心に結成され、その後AMWAと提携したとのことなので、E3ガイドライン改訂の動きとは別のようです。

BWGはICH E3ガイドラインを見直し、補足事項や推奨事項などを追記した「CORE Reference」の草案を作成済みで、草案のレビューは日米欧の各規制当局にも依頼しているそうです。当局の「お墨付き」となれば、「CORE Reference」の信頼性は高く、多くの製薬企業・CROが利用するにようになるのではないかと思います。

また、BWGは、CSRの礎となる治験実施計画書(プロトコル)の作成についても、ICH E6ガイドラインに基づくマニュアルを同時に作成中で、「CORE Reference」に含まれるとのことです。そうなると、CSRの作成を見据えて、CSRとの整合性を図ったプロトコルを作りやすくなるかもしれません。

「CORE Reference」の目的や進捗状況などの詳細は下記の各リンク先をご覧下さい。
・BWGのプレスリリース
http://www.emwa.org/Documents/CORE%20Press%20Release-28jan15_final.pdf
・BWGが2014年に『Medical Writing』誌に発表した論文
http://www.maneyonline.com/doi/full/10.1179/2047480614Z.000000000254
・BWGがAMWAのオープン・セッションで使用したスライド
http://www.amwa.org/files/Events/AC2015/2015BudapestWorkingGroup.pdf

BWGの今後の予定としては、今年12月に第2弾の論文を『Medical Writing』誌に発表し、2016年半ばに「CORE Reference」を公式サイトで無料公開するとのことです。CSRやプロトコルの作成・翻訳に携わる方は要チェックですね。

参照ページ
「CORE Reference」公式サイト
CSRマニュアル「CORE Reference」を読む3つのメリット(2016年AMWA年次総会の参加報告)

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有害事象の叙述を英語で書く(2015年AMWA総会の参加報告)

今年も米国メディカルライター協会(AMWA)年次総会に参加して来ましたので、早速報告いたします。今年の総会は10月1~3日にテキサス州サンアントニオで開催され、創立75周年を祝う記念の会でした。アメリカには75年以上も前からメディカルライティングの概念が存在していたとは驚くばかりです。

日本からの参加者は例年より少なく15名弱でしたが、アメリカ駐在の日本人会員の方も数名参加なさっていました。内訳は、国内製薬企業のメディカルライターや翻訳者の方が大部分を占めていましたが、フリーランス医薬翻訳者の方もいらっしゃいました。また、今年は初参加の日本人会員が多く、私のように長年参加している会員との二極化が特徴的でした。会期中には、恒例の日本人参加者中心の夕食会を開催し、今年も親睦を深めながら有益な情報交換を行うことができました。

AMWA年次総会は多種多様な「ワークショップ(総会参加費とは別料金・事前申込必要。修了単位取得可)と「オープン・セッション(追加料金・事前申込不要。修了単位付与なし)が特徴的で、今年も新たなワークショップとオープン・セッションがいろいろ追加されて目移りしました。

今年初めて開催されたワークショップの1つは、治験総括報告書(CSR)の「有害事象(AE)の叙述(narrative)」の書き方でした。叙述は、「narrative writing」という特殊なスキルと臨床知識が必要であり、CSRの中でもライティングや翻訳が難しいセクションなので、これまで叙述のワークショップがなかったのが不思議なくらいです。

日本からの参加者のうち、私も含めて5名がこのワークショップに出席しており、英語の叙述の書き方を学ぶニーズの高さと、国内で学べる機会や教材の少なさを示唆しているように思いました。これは国内の英文MW教育の課題の1つと言えるでしょう。

本ワークショップは初開催のせいか、内容は初心者向けで、ICH E3ガイドラインで推奨されている叙述の記載項目など、基本的な事柄から講義は始まりました。終盤では、短い叙述例を複数使って各例の書き方の問題点と改善法を学び、テンプレートの例も提示され、実践的な内容になっていました。

一昨年のAMWA参加報告に書いたとおり、欧米では叙述作成を自動化している製薬企業・CROが増えていますが、AMWAの年次総会で叙述の書き方のワークショップが新たに設けられたということは、依然として人間によるライティングやチェックが欠かせないからだと思われます。ワークショップの講師も「叙述では症例ごとに当該有害事象に関連のある症状や臨床検査データ等のみを適切に選んで書くことが重要」と強調していたので、治験や臨床等の専門知識と経験を十分兼ね備えたメディカルライターやreviewerの判断力に負うところが、やはり大きいのではないかと思いました。

しかし、ワークショップの講師によると、有害事象や副作用の「narrative writing」に関する本はないそうですし、叙述関連のガイドラインはICH E3ガイドラインと、FDA CFR Title 21中のSection 312.32「IND Safety Reporting」の2つのみとのことです。
http://www.accessdata.fda.gov/scripts/cdrh/cfdocs/cfcfr/CFRSearch.cfm?fr=312.32)。(ICH E2B(R2)~(R3)ガイドラインも叙述の参考になると思います)

したがって、有害事象の叙述や副作用報告書の英文ライティング・英訳に携わる方々は、これらのガイドラインすべてに目を通しておくだけでなく、英語で書かれた症例報告論文をインターネットで多読したり、拙著『薬事・申請における英文メディカルライティング入門』シリーズ第3巻(臨床経過の書き方)(2019年4月絶版)を読んだり、Targeted Regulatory Writing Techniques: Clinical Documents for Drugs and Biologicsに掲載されている有害事象の叙述例(94頁)を参照したりして、英語の「narrative writing」の知識とテクニックを学ぶと良いと思います。

AMWA年次総会のオープン・セッションについては、次回ご報告します。

参考:過去のAMWA年次総会参加報告
・第69回(2009年)年次総会(http://www.jmca-npo.org/link/201001.html
・第73回(2013年)年次総会(http://www.clinos.com/blog/?m=201312

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英文ライティング用語の日本語訳リスト

『AMA Manual of Style』などの英文スタイルガイドや、米国メディカルライター協会(American Medical Writers Association)の自学教材(self-study module)を利用するメディカルライターや医薬翻訳者が増えています。しかし、英語で書かれたスタイルガイドやメディカルライティング教材などは、当然のことながら文法用語やライティング用語もすべて英語です。そのため、取っ付きにくい上に、これらの用語の意味を英和辞典で1つ1つ調べるのは手間が掛かるので、内容を理解するのに苦労する方が多いようです。

そこで、品詞や時制などの文法用語を中心に、英文ライティングの説明でよく使われる用語を、下記のとおりアルファベット順にリストアップし、その日本語訳を併記しました。品詞を表す英単語の後に記載した「略語」は、辞書などで品詞の略語としてよく使われているものです。英文スタイルガイドなどをお読みになる際に、このリストをぜひご利用下さい。

abbreviation:略語
active voice:能動態
adjective (略語:adj):形容詞
adverb (略語:adv):副詞
article:冠詞
bracket:角括弧
capitalization:(単語の)頭文字を大文字で書くこと
citation:引用、引用文・句・語
clause:節
collective noun:集合名詞
column:(表の縦の)列
complement:補語
compound:複合語
coordinate/coordinating conjunction:等位接続詞
conjunction:接続詞
countable noun:可算名詞
definite article:定冠詞(the)
decimal:小数
decimal point:小数点
digit:(数字の)桁、アラビア数字
enumeration:列挙
figure:図
footnote:脚注
future tense:未来形
gerund:動名詞(-ing形)
heading:見出し
hyphenation:ハイフンで結ぶこと
indefinite article:不定冠詞(a/an)
independent clause:独立節
intransitive verb (略語:vi):自動詞
jargon:(一般人にはわからない)専門用語、業界用語
letter:文字
lowercase (letter):小文字
modifier:修飾語
noun (略語:n):名詞
numeral:数字
object/objective:目的語
ordinal:序数
parallel construction/structure:並列構造
parallelism:並列構造
parenthesis (複数形:parentheses):丸括弧
participle:分詞
passive voice:受動態
past participle:過去分詞
past tense:過去形
perfect tense:完了形
personal pronoun:人称代名詞
phrase:句
plural:複数形(の)
possessive case:所有格
prefix:接頭語、接頭辞
preposition:前置詞
present participle:現在分詞(-ing形)
present tense:現在形
pronoun:代名詞
proper noun:固有名詞
punctuation:句読点
relative pronoun:関係代名詞
row:(表の横並びの)行
singular:単数形(の)
solidus:スラッシュ
subheading:小見出し
subject:主語
subordinate/subordinating clause:従属節
subordinate/subordinating conjunction:従属接続詞
subscript:下付き文字
suffix:接尾語、接尾辞
superscript:上付き文字
symbol:記号
table:表
tense:時制
text:本文
transitive verb (略語:vt):他動詞
uncountable noun:不可算名詞
uppercase (letter):大文字
verb (略語:v):動詞
virgule:スラッシュ
voice:態

以上、少しでもお役に立てば幸いです。

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AMWAの英文メディカルライティング自学教材

本ブログの記念すべき第1回「英文メディカルライティング通信講座」で、米国メディカルライター協会(American Medical Writers Association:AMWA)の自習教材シリーズ「Self-Study Modules」をご紹介しましたが、この教材を利用なさるメディカルライターや医薬翻訳者が国内で増えています。まだ利用なさっていない方は、今年限定の割引キャンペーンでお得に入手して、AMWAの修了証(certificate)を取得してみてはいかがでしょう?
(追記:その後も割引キャンペーンが時々実施されているので、購入を検討している方はAMWAのサイトを時々チェックしてみて下さい)

「Self-Study Modules」をご存知ない方のために簡単にご説明しますと、AMWAの各専門領域の修了証を取得する上で必修となっている基礎コース「Essential Skills Workshops」の中でも、長年好評で定番となっている7つのワークショップを厳選して、個人学習用に書籍化したものが「Self-Study Modules」です。AMWAではすべてのワークショップで受講者のアンケート調査(evaluation)を実施しており、一定の質を満たすワークショップしか生き残れないシステムになっているので、長年続いているワークショップは質が高いという特徴があります。

「Self-Study Modules」ができるまで、「Essential Skills」の修了証を取得するには、AMWA年次総会開催時などに渡米してワークショップに出席し、規定の単位を取得する必要があり、年単位の時間と数十万円の費用が掛かりました。しかし、現在は自宅や会社で「Self-Study Modules」を購入して学び、各モジュールに付属のテストに合格すれば、ワークショップに出席しなくても「Essential Skills」の修了証取得が可能です。そのため、国内の製薬企業やフリーランスなどで利用する方が増えています。

「Self-Study Modules」の値段は、1つのモジュール当たり$250(非会員)または$155~199(会員)で、モジュールごとに購入できますが、7つのモジュールをまとめた「Essential Skills Package」なら、$1,250(非会員)または$950(会員)で購入できるのでお得です。しかも、今年はAMWA創立75周年を記念して、「Essential Skills Package」の会員価格が$750という割引キャンペーンが実施されており、さらにお得に購入できます。
(追記1:その後も割引キャンペーンが時々実施されているので、購入を検討している方はAMWAのサイトを時々チェックしてみて下さい)
(追記2:「Essential Skills Package」のオンライン版ができました!価格が書籍版より安い上に、送料不要なのでお得です)

それでも「$750は高い」と感じる方がいらっしゃるかもしれません。しかし、国内で医薬翻訳・治験翻訳の英訳コースなどを受講するより、内容も学習法も確かな「Self-Study Modules」で英文メディカルライティングの基礎を学ぶほうが速く確実にスキルアップできるので、経済的にも時間的にも効率が良いと思います。

なぜなら、国内の医薬英訳コースなどは質が高いものが少ないからです。優秀な医薬英訳者や日本人英文メディカルライターは一握りしかいませんから、医薬英訳や英文メディカルライティングの優秀な講師は極めて少ないのが現状です。高い授業料を払っても、英文メディカルライティングや医薬英訳のスキルが低い日本人講師から間違った事柄を習い、悪いクセが付いてしまったら本末転倒です。しかも、一旦悪いクセが付くと、それを直すには多大な時間と労力が必要になり苦労します。

したがって、教育経験も豊富な一流のアメリカ人メディカルライターたちが作り、ネイティブのメディカルライターからも高い評価を受けている教材を使って、最初から質の高い教育を受けるほうが得策だと思います。各モジュールのテキストはよく出来ているので、学習後の実務でも参考書として繰り返し利用できます。

「Self-Study Modules」のメリットはこれだけではありません。例えばAMWAの修了証を取得すれば、就職・転職や翻訳会社への登録などで有利になるでしょう。前述のとおり、国内では優秀な医薬英訳者や英文メディカルライターが非常に少ないので、多くの翻訳会社や製薬企業・CROなどが優秀な人材を探しています。しかし、国内に数多く存在する翻訳学校や医薬翻訳検定を知っている求人担当者は少ないので、メディカルライターや医薬翻訳者が履歴書に医薬翻訳講座の受講歴や医薬翻訳検定を書いても、「ふ~ん」程度の反応しか得られない可能性が高いです。

一方、AMWAは今や国内でもメディカルライティング業界や医薬翻訳業界で広く知られているので、履歴書にAMWAの修了証取得を書くほうが、英文ライティングのスキルを求人担当者にアピールできると思います。

【まとめ】
AMWAの「Self-Study Modules」には、医薬翻訳・治験翻訳の英訳コースなどにはないメリットが複数ありますので、世界に通用する正確かつ適切な英文メディカルライティング・英訳の習得やキャリアアップへの近道として、「Essential Skills Package」の利用を検討なさってみてはいかがでしょうか?詳しいことはAMWAのホームページ(http://www.amwa.org)をご覧下さい。

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英文チェックは英文ライティングより簡単?!

少し前の話ですが、2014年10月に「医薬分野における英文校閲:効果的な方法とコツ」というセミナーを開催したところ、ほぼ満員という盛況ぶりで、英文校閲のニーズの高さを実感いたしました。

このセミナーを開催しようと思った理由は、「英文チェックは英文ライティング未経験者・初心者にもできる」という世間の誤解を正したかったからです。

医薬分野の英文チェックの現状

製薬企業から社内英文メディカルライティング研修をお引き受けする際に、受講者の方々の英文ライティング業務の頻度・種類などをお聞きすると、「英文を書くなんてとんでもない!ライティングはまだできないので、外注した英訳や英語文書をチェックしているだけです」など、あたかも英文チェックが英文ライティングより簡単なことのようにおっしゃる方が多くて驚きます。

また、翻訳会社では、翻訳家志望者や翻訳初心者に訳文チェックを担当させていることが多く、ひどい場合は、翻訳とは全く関係のない事務員がチェックしていることさえあります。いわゆる「ネイティブチェック」も、医薬知識やメディカルライティングのスキルを持たないネイティブスピーカーに任せている翻訳会社もあります。

しかし、正確かつ適切な英文メディカルライティングができない方が、果たして他人の医薬英文の良し悪しを正しく判断できるでしょうか?英文の間違いや不適切な英語表現を見つけられたとしても、正しく直すことができるでしょうか?

日本語に置き換えて考えてみて下さい。日本語でも他人の文章を直すのは、自分で書くより難しくありませんか?日本語の医学論文や医薬品承認申請資料のチェックを、片言の日本語しか書けない外国人に任せられますか?

そもそも「チェック」とは?

英文の「チェック」には、「校閲」(editing)「校正」(proofreading)の2種類がありますが、いずれもライターや翻訳者と同等かそれ以上の「語学力」と「専門知識」と「メディカルライティング能力」が必要です。それだけでなく、校閲・校正の「適性」、「知識」、「技術」、「訓練・経験」も必要です。つまり、チェックはライティングや翻訳と同じくらい、あるいはそれ以上に難しいのです。

誰がチェックすべき?

欧米で校閲者(editor)や校正者(proofreader)はライター・翻訳者とは別の「スペシャリスト」とみなされており、ネイティブのメディカルライターや医薬翻訳者でも校閲・校正は引き受けないという方が大勢います。

英文チェックは英文ライティングと同じくらいかそれ以上に難しく、校閲・校正のスキルも必要ですから、英文メディカルライティングや和文英訳の未経験者・初心者ではなく、上級者に任せるべきだと思います。もし未経験者・初心者にチェックを任せるなら、その後に必ず上級者が確認するほうが良いでしょう。そうでないと、英文を修正できる確率より「改悪」するリスクのほうが高くなってしまいます。改悪してしまっては元も子もありませんので、「改悪」は校閲・校正で一番やってはいけないことです。

何回チェックすべき?

チェックの回数を増やせば英文の質が上がると考えて、翻訳会社に数回の訳文チェックを要請する製薬会社もあるようですが、チェックの回数よりチェック能力のほうが結果を大きく左右します。

チェッカーの英文メディカルライティング能力が低いと、何度チェックを繰り返しても、数字の入力ミスや初歩的な文法ミス程度しか確認できず、英文の質は大して上がりません。それどころか、チェックを重ねる度に「改悪」のリスクが増します。一方、英文メディカルライティング能力の高いチェッカーなら、たった1回のチェックでも高い効果を期待できます。

まずは、直せるレベルの英文を作ろう!

言うまでもなく、直せるレベル」の英文に仕上がっていることが、チェックの大前提です。悪文は、いくら手を加えても良い文章になりませんから、全面的な「リライト」や「再翻訳」が必要になります。実際、このようなケースは珍しくありません。英文校閲を外注する場合は、直せるレベルの英文になっているか否かを、まず確認すると良いでしょう。

これらのことを多くの方々にお伝えしたくて、英文校閲に関するセミナーを開催した次第です。セミナー参加者の方々からリクエストの多かった、より具体的な校閲テクニックに関するセミナーは、今後の開催を検討したいと思います。

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説明同意文書向けの平易な英語表現

英文を書く際は、日本語同様に適切な「文体」を選び、選択した「文体」で文書全体を統一する必要があります。例えば「高血圧」の定訳は「hypertension」ですが、これは専門用語であり、専門家・医療従事者以外の人には通じないことが多いので、説明同意文書などで使うのは不適切です。実際、私がアメリカ人の友達に「hypertension」と言ったら、「hyperactivity」(多動性)と勘違いされて、話が通じなかったことがあります。したがって、一般・患者向けの文書で「高血圧」は、平易な英語(plain English)を使って「high blood pressure」と書かなければなりません。

しかし、日本人には英語の「文語と口語」や「専門用語と平易な表現」の区別がわかりにくく、英和辞典や医学辞典などを見てもこれらの区別は載っていません。それで私も長年苦労しており、自分の経験に基づいて「専門用語」と「平易な表現」を簡単な対比表にまとめて、拙著『薬事・申請における英文メディカル・ライティング入門』I改訂版に掲載していますが、数年前に米国メディカルライター協会(AMWA)で下記のサイトが紹介されていました。

Group Health Research Institute (GHRI)
Program for Readability in Science and Medicine (PRISM)
「The PRISM Readability Toolkit」(pdf)
<http://www.grouphealthresearch.org/capabilities/readability/readability_home.html#prism_toolkit>

GHRIが作成した「The PRISM Readability Toolkit」は、被験者向けの治験関連文書などを作成する際に必要な以下の情報が網羅されていて、大変有益なガイドブックだと思います。

・平易な英文とは
・平易な英文を書くコツ
・平易な英文の評価方法(計算式とチェックリスト)
・専門用語と平易な表現の広範な対比表
・専門表現を使った英文とその改善例
・わかりやすい説明同意文書の文例
・リンク集

説明同意文書の文例をつなげれば、英文テンプレートができてしまいそうですが、テンプレートのリンク集も掲載されています。説明同意文書は決まり文句が多いので、文例もリンク集も非常に有用だと思います。

また、専門用語と平易な表現の対比表をご覧になると、論文調の堅い表現も知ることができるので、和文英訳や英文ライティングを手掛ける機会のある方は、Toolkitをダウンロードして活用すると良いと思います。上記サイト右下の「Get the PRISM Readability Toolkit」をクリックすると、pdfファイルを無料でダウンロードできます(登録不要)

治験関連文書の書き方に関する世界初の指南書『Targeted Regulatory Writing Techniques: Clinical Documents for Drugs and Biologics』(編集:Linda Fossati Wood & MaryAnn Foote、出版:Birkhauser)の巻末には、短い説明同意文書のサンプルが掲載されているので、本書をお持ちの方はご参照下さい。説明同意文書のサンプルやテンプレートは、インターネット上にも多数ありますから、英語で書く前にぜひ検索してみて下さい。

説明同意文書は、書くべき内容がICH GCPガイドラインで推奨されていて、使われる表現・文章には一定のパターンがあるので、英文ライティングや英訳をする前に、インターネットや参考書などで定型表現・定型文を調べて活用すると良いでしょう。

某外資系製薬企業では、専門表現を多用した論文調で和文英訳した説明同意文書を海外本社に送ったところ、「日本ではこんな難しい表現で説明同意文書を書いているのか?」と外国人に誤解されてしまったことがあったそうです。逆に、論文を和文英訳した際に口語表現を多用していたため、投稿先から書き直しやネイティブチェックを求められたというケースも多々ありますので、「文体の統一」は英語でも重要です。特に英会話が上手な方や通訳者は、論文調の文書の英文ライティングや和文英訳で口語を多用しがちなので注意が必要です。訳語や文法の正確さやスタイルの統一などだけでなく、「文体」にも気を配りましょう。

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