有害事象の叙述の自動作成と治験報告書の公開(2013年AMWA総会の参加報告)

私は1996年に米国メディカルライター協会(AMWA)に入会して以来、ほぼ毎年、年次総会(annual conference)に参加して英文メディカルライティングの学習を重ねていて、今年も勉強に行って来ました。今年の年次総会は11月6~9日にオハイオ州コロンバスで開催され、総会全体の参加者は例年よりやや少なかったものの、昨年までほとんど見掛けなかったインド人参加者を会場のあちこちで見掛けました。メディカルライティングの世界でもインド企業の台頭が著しいようです。

日本からは今年も20名近くの方が参加なさっていました。国内製薬企業のメディカルライターや翻訳者の方々が中心ですが、今年はその人数が少し減り、翻訳会社やメディカルライティング会社などからの参加者が増えました。フリーランス医薬翻訳者の方がお1人参加されていたのは珍しく、大変喜ばしいことでした。また、米国在住のネイティブ医薬英訳者の方も数名参加されていたので、会期最終日恒例の日本人参加者の夕食会にお誘いするなどして、親睦を深めることができました。

AMWA年次総会は多種多様な「ワークショップ」(総会参加費とは別料金・事前申込必要。修了単位取得可)と「オープン・セッション」(追加料金・事前申込不要。修了単位付与なし)が特徴的で、その種類も数も年々増え続けているため、今年も興味を惹かれるものが多く、開催日時が重なると、どれに参加するか迷うほどでした。そこでオープン・セッションは、苦肉の策として1つの前半だけ聞いて、途中から別のオープン・セッションに「はしご」した日もありました。そのようにして受講した中で、皆様のご参考になりそうなオープン・セッションの内容を2つご報告いたします。

有害事象の叙述の自動化

最も印象的だったのは、治験総括報告書の「重篤な有害事象(SAE)の叙述(narrative)」の自動作成です。これは、「Medical Writer IT Tools and Techniques」というオープン・セッションの中で、自動化(automation)の1例として紹介されました。

日本ではまだ少ないかもしれませんが、欧米ではSAEの叙述を自動作成する製薬企業・CROが増えているようで、私は今年前半にAMWA会員専用メーリングリスト(現AMWA Online Forums)で、叙述の自動作成に関する投稿を見て初めて知って驚くとともに、どのように自動化しているのか興味を抱いていました。

オープン・セッションでは、プレゼンター(インドのIT企業社員)が「1症例当たりわずか11秒で叙述を自動的に作成可能」と言ってデモンストレーションを披露し、本当に1症例10秒ほどでMSWord数頁分の叙述が表形式で作成されました。被験者番号・性別・年齢から投与群、併用薬の一覧表、臨床検査値の推移の一覧表、臨床経過まですべて含まれていたので、人間が書かなければならない箇所はありませんでした。こうなると、今後はメディカルライターや医薬翻訳者が英文叙述のスキルを学ぶ必要がなくなるかもしれません。

しかし、今年前半のAMWA会員専用メーリングリストでは、自動化による叙述の品質低下を懸念・指摘する投稿が複数ありました。例えば臨床的に重要な所見・経過が叙述から漏れていたり、逆にあまり必要のない所見・経過が拾い上げられていたりすることがあるそうです。そのため、投稿者たちの結論は「叙述を自動作成しても、臨床知識を持つ医師やメディカルライターなどによるチェックが欠かせない」という点で一致していたことも申し添えておきます。昨今の製薬企業・CROや翻訳会社の行き過ぎた、もしくは不適切な省力化や経費削減などにより、薬剤の安全性が損なわれて患者にしわ寄せが行かないことを願うばかりです。

治験総括報告書の公開

次に、「How to Write a Manuscript from a Clinical Study Report」というオープン・セッションでは、ヨーロッパで申請資料の部分開示が始まっており、アメリカでは治験総括報告書を自社サイトで公開し始めた製薬企業があるという話がありました。英文ライティングや和文英訳の参考となる英語の治験関連文書が誰でも簡単に入手できるようになるのは、日本のメディカルライターや医薬英訳者には有難いことで、今後作成する英語文書の品質向上に大いに役立てたいところです。

ちなみに日本の審査報告書は、以前からPMDAのサイトで公開されていて、英語ページでは英訳版も公開されているので、日本語オリジナル・英訳版ともにすでに参考になさっているメディカルライターや医薬翻訳者の方も多いことと思います。(なお、英訳版が正確かつ適切な英語で書かれているとは限りませんので、参考程度に留めるのが賢明です。欧米の治験関連文書の英語も盲信せず、「英借文」する前に英語の質の良し悪しを正しく見極めるとともに、文脈に合わせて適宜アレンジすることをお勧めします)

このような開示傾向は医薬品開発や企業の透明性を高める上でも喜ばしいことですが、その一方で翻訳者は「治験関連文書は製薬企業の機密文書で、部外者は見られないから、どのように訳すべきかわからない」などの言い訳が通用しなくなり、翻訳依頼者から求められる翻訳レベルが一層高くなることが予想されますので、さらなる情報収集能力(特にネットのリサーチ能力)と勉強が必要になると思います。

AMWAやEMWAの年次総会に参加してみよう!

以上、少しでもご参考になれば幸いです。AMWAやEMWAの年次総会にご興味をお持ちの方は、思い切って一度参加なさってみて下さい。日本では受けられない刺激や学べないスキルを得られるので費用対効果が高く、リスクの低い先行投資だと思います。総会参加が難しい方は会員専用の掲示板を読んだり、協会作成の自習教材を利用したりするなどして、英文メディカルライティング・英訳や欧米の最新事情などを学ぶと良いでしょう。

※私が書いた第69回AMWA年次総会参加報告が日本メディカルライター協会(JMCA)のサイトに掲載されています。AMWAやEMWAにご興味をお持ちの方は併せてご覧下さい。
http://www.jmca-npo.org/link/201001.html

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